和宮像

2010年04月23日
兵庫県に和宮像(兵庫県神戸市須磨区一ノ谷町2)があるそうです。

一ノ谷中腹の土地を戦後購入した塩田富造氏が、一体の身元不明の銅像が放置されているのを見つけました。
銅像は高さ1.2m程で、十二単を着た女性でした。
その後、塩田氏は一ノ谷合戦を記念する碑を二基建立し、その横に銅像を並べて安置しました。
銅像はハイキングコースから少し脇道にそれた場所に、ひっそりと立っていました。

和宮の銅像(慶寺丹長 作)でした。

昭和9年、神戸米穀取引所理事長などを務めた中村直吉氏は、娘が通う神戸市立第二高等女学校(現:市立須磨高校)に寄贈しました。
中村は同時に県一(現:県立神戸高校)・県二(現:県立夢野台高校)の二女学校に、同11年には、東京の増上寺と日本女子会館に和宮像を寄贈しています。
当時、和宮は「日本女性の鑑」と評され、称賛されていました。

神戸の三体は戦後一時、行方不明になりました。
戦後の価値観の変化によるものではないでしょうか。
一ノ谷で見つかったのは、そのうちの一体でしょう。
しかし、誰が、何故運んだかは不明です。

阪神・淡路大震災で倒れましたが、平成12年12月、地元自治会が近くの安徳天皇内裏後伝説地に移し、大切に守っています。
神戸市では、現在他に、中央区の民家と市立博物館で和宮像が確認されています。
ひょうご幕末維新列伝より


山陽電鉄本線須磨浦公園駅から国道2号線沿いに歩道(?)を東に600mほど進みます。
出入口8から延びる道を山側に曲がります。
山陽電鉄本線を越えて行ったあたりが、一ノ谷町2になります。

NHK大河ドラマ“篤姫”には、和宮も主要人物として出てきましたが、兵庫県に銅像があるという話は全く聞いた事がありませんでした。
もしかしたら、戦前は和宮像というのは、ごく普通に全国各地にあったのでしょうか?
聞いたことないのですが…。

歴史に名前が出てくる人は、全国をくまなく探せば、銅像のひとつぐらいは出てきそうですよね。
生誕地や没地などは特に有力です。

今回は和宮像でしたが、一ノ谷といえば源平合戦の舞台です。
源平合戦にまつわる史跡はたくさんあります。
源平ファンで来られる方がおおいと思いますが、そのついでにでも和宮像も是非見て帰ってください。

須磨寺2117
源平史跡、須磨寺(兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4-6-8)



天璋院篤姫と皇女和宮





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