兵庫津

2010年03月19日
西国街道(山陽道)の本宿、兵庫津(神戸市兵庫区)は宿本陣や脇本陣に9軒の浜本陣がありました。

<浜本陣>
大名と直接契約していた問屋業者。
藩の物産を一手に扱う特権が与えられていました。
大名も参勤交代の時など、宿本陣ではなく自分の藩の浜本陣に宿泊しました。
その為、立派な屋敷が建てられていました。

兵庫津の浜本陣は、現在の中央卸売市場南側、出在家町の一角です。

小豆屋(畠山助右衛門方)が薩摩藩の定宿でした。
この宿では慶応2年12月7日、西郷隆盛がイギリス公使館員アーネスト・サトウが会談しています。

小豆屋の門は後年、兵庫区会下山町1の積徳会に移されました。
屋根瓦には丸に十文字の薩摩藩主島津家の紋が見られていましたが、平成4年老朽化のため解体されてしまいました。
幕末歴史散歩 京阪神篇より


和田岬砲台や薬仙寺の近くではないですか。
神戸市営地下鉄中央市場前駅の海側が中央卸売市場です。

ここに幕末から浜本陣があったという事は、埋立地ではないのでしょうか?
幕末以前に埋め立てた?
それなら凄い工事だったでしょうね。
もともと繋がっていたものが、離れたor離された?
今はこの辺りは、物流センターや配送センターなど倉庫が立ち並んでいるようです。

また小豆屋の門があった積徳会は、神戸市営地下鉄西神・山手線と神戸電鉄有馬線の湊川駅から西へ250mの上沢通2交差点から、山側へ350m程行ったところにあります。

“老朽化のため解体”という言葉が一番悲しいです。
形あるものはいつか無くなるとは思っていますが、今の技術をすれば保存できなかったのかと思います。
自然災害などで壊れるのは仕方がないとは思えるのですが、何も手を打たずに老朽化のためというのはやりきれないです。
が、歴史好きではない人にとっては、ただの“門”なのでしょうね。

何もかもを残していこうとすると、物が溢れすぎて現在の私たちの生活がままならないのかもしれませんね。



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Comment
No title
名無しです また来ました
ビックリです 出在家に浜本陣があったのですか?
和田岬に住んでいた頃、中央市場は仕事や散歩でウロウロしておりました(笑)
ここの地名である「築島」と「中の島」からすると埋立地ですよね
この地名は何時から使われていたのか興味が沸いて来ました
Re: No title
私が知り得た限りでは、
“中之島”は1975年8月の町名整理で採用されたそうです。
浜新町・関屋町・新町の全域と、築地町・新在家町・出在家町の一部を合わせて組成された新しい町名。
もともと陸続きでしたが、明治8年に新川運河の完成で島のようになり、“中之島”と通称されるようになったのが始まりです。
ということだそうです。
陸続きだったのですね。そうでないと江戸時代にこれだけの埋め立ては不可能(?)ですよね。

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