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善照寺は専称寺?

2010年03月01日
これから行きたい史跡です。

神戸海軍操練所の建設が決まり、勝海舟が神戸海軍所造艦所取建掛けとなった前後、海舟のもとに多くの若者たちが集まりました。
海舟は門下生たちを大坂の宿舎に住まわせました。

坂本龍馬も塾頭になっています。


その場所がお龍の回顧によると、“大阪市淡路町の“善照寺”なのですが、現在そのような名前のお寺はありません。
神戸に移転した“
専称寺”(兵庫県神戸市中央区南本町通4-5-6)と思われるそうです。
幕末歴史散歩 京阪神篇より


大阪市淡路町は、大阪市のビジネス街のあたりです。
淀屋橋と本町の中間地点で、3丁目は御堂筋に面しています。
専称寺はJR東海道本線・阪急電鉄・阪神電鉄・神戸市営地下鉄・ポートライナー各線の三宮駅から国道2号を東へ1㎞ほど歩き、葺合警察署前交差点を海側へ曲がります。
約100mで専称寺です。

大阪に現在、善照寺がないとしても、当時は存在し、坂本龍馬も居たかもしれないのですよね?
これは大阪市淡路町と兵庫県神戸市の専称寺と両方行かないとダメですね。
専称寺が神戸に移転前、どこにあったかがわかればOKって事です。

大阪市淡路町は、ビジネス街なので、土日などの会社が休みのときに行けば人も少なくていいですよ。
ビジネス街は休日に限ります(笑)



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勝海舟寓居・海軍塾跡
 「龍馬伝」で3ヶ月近く舞台になった専稱寺です。こちらも顕彰しました。場所は大阪市中央区淡路町3丁目の交差点、南西角のスワンビルあたりだと思われます。西隣のAAホールさんのビルに銘板を貼らせていただきました。

 専稱寺が明治になって、神戸に移転したのは史実です。江戸時代は北鍋屋町(現在の淡路町3丁目)にありました。ここに勝海舟が文久3年3月から9月ごろまで居ました。勝は神戸に行くまで、私塾を開くことが許され、寓居で海軍塾を開きました。龍馬や近藤長次郎、望月亀弥太らが学んでいました。

 最近、この淡路町3丁目のすぐ近くの泊園書院という漢学塾で、陸奥陽之助が学んでいたことが判明し、ひょっとしたら、出会いがここであったのかもと、考えています。いずれにせよ、適塾もすぐ近くですし、幕末の大坂船場は実は学びの場でもありました。

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