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有馬道 広済寺(近松門左衛門墓所)付近

2013年05月25日
最近、近松門左衛門墓所の広済寺近くに“有馬道”の石碑が建ちました。

有馬道1  有馬町2


「有馬街道」「有馬道」と呼ばれた道は歴史的に以下の三つのルートがありました。

1.神崎(尼崎市)-伊丹(伊丹市)-小浜(宝塚市)-生瀬(西宮市)-有馬温泉。
  別名「湯山(湯乃山)街道」。
  このルートは最も歴史が古く、有馬温泉へ行く天皇や貴族、武家が往来したとされる道。
  大阪の難波宮が起点だとする説もあります。
  兵庫県道41号大阪伊丹線のごく一部(園田支所前交差点から猪名寺交差点まで)は旧街道がほぼそのまま舗装された区間です。
  京都からの道筋である西国街道から池田で分岐し小浜でこのルートに合流する道も有馬街道(有馬道)と呼ばれていたようです。
   また、羽柴秀吉が三木城を攻める(三木合戦)折に、この街道を有馬温泉から三木まで延長整備したことにより、姫路から京都への最短ルートとして利用されるようになり、姫路-有馬温泉間も「有馬街道」もしくは「湯山街道」と呼ばれていました。
  なお、「湯山」とは有馬温泉の別名で、有馬温泉の場所が摂津国有馬郡湯山村であったことに由来しています。

2.深江(神戸市東灘区)- 雨ヶ峠(六甲山)-有馬温泉。 別名「魚屋道(ととやみち)」。
  現在の神戸市道有馬住吉線で、魚問屋が有馬温泉の宿に魚を卸す際に1.の湯山街道を経由して運搬すると、時間がかかるのと継立による運搬費用がかさむため、六甲山を越えるルートで魚を運ぶようになり、道が出来たとされます。
  阪神電車深江駅の南側にある大日神社から西国浜街道と分岐しています。

3.平野(神戸市兵庫区)-天王谷-山田(神戸市北区)-唐櫃(有馬口)-道場(神戸市北区)-三田(三田市)。
  現在の兵庫県道15号神戸三田線。(神戸市兵庫区~神戸市北区皆森交差点間は国道428号と重複) 明治7年に、「天王谷越え」と呼ばれていた山道を、有馬郡役所があった三田まで整備した道。

現在、「有馬街道」と言えば3.のルートで、国道28号と国道428号が分岐する神戸市兵庫区の有馬道交差点から国道176号と合流する神戸市北区の日下部交差点までの区間を指すのが一般的です。
地図によっては、有馬口交差点を右折して有馬温泉を通り、1.のルートである旧・湯山街道の兵庫県道51号宝塚唐櫃線が国道176号と合流する西宮市の大多田橋交差点までを「有馬街道」としているものもあります。
また、1.や2.の街道沿いであった地域では、現在でも一部を「有馬街道」もしくは「有馬道」と呼んでいる場合もあります。
Wikipediaより

大阪方面から有馬温泉へ行く道筋を「有馬街道」と呼び親しんできました。神崎から北上し、藻川沿いに猪名寺・伊丹に至る本道と、次屋・下坂部・久々知・上坂部・塚口を通って昆陽(伊丹市)に至り宝塚市内で本道と合流する間道の2コースあったことが知られています。
尼崎市HPより


この写真の石碑は上記でいえば、“1.神崎-伊丹-小浜-生瀬-有馬温泉”の久々知・上坂部付近にあたります。
ある日突然建っていてビックリでした。

「へぇ~、この道が有馬道!?」と本当に驚きました。
そんな街道が身近にあったなんて…。

さらに驚いたのは、園田支所交差点から猪名寺交差点までの道は旧街道そのままだという事、「え~!! なんですって!!」だって、だって、そこって小さなころ毎日歩いていた所です!!
本当にびっくりです。

では、幕末当時、新選組隊士や、私が知っているような人でこの道を通った人はいるのでしょうか?
もしいたら私もその道を通っていたんですよね。
歴史って身近に感じられるんですよね。

今度は、園田支所交差点から猪名寺交差点まで、写真を撮りに行ってきます。
撮りに行けた後はまたここにUPします。










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新選組№3 谷右京って?

2013年05月09日
2013年5月9日付けの日本経済新聞に新選組の前身「壬生浪士組」の記事がありました。

新選組№3-2
2013年5月9日 日本経済新聞

谷右京って初めて名前を聞きました。
勝海舟の援助を受けてウィーン万国博覧会に出品したほどの人物ならもう少し名前を知っている人もいると思とうのですが…。
でも名前があるのなら実在の人物だったのでしょうね。

新選組関係で谷といえば、“谷3兄弟”ですね。
この谷兄弟の印象が私はあまりよくない(私の好みではない)のです。
谷という名字はこの兄弟のイメージが付いてきてしまいます。
なので、実在の人物?って勘ぐってしまうのかな?

これから研究が進んでいくのかな?

150年ほど前の事が分らないのが歴史なんですよね。
150年、その当時生まれた人が150歳。
さすがに150歳の人はいないとしても、100歳を超えている人はたくさんいてるって事は、そのほんの50年ほど前の事が分らない…。
やっぱり歴史って面白いですね。




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小浜市で…

2013年05月05日
福井県小浜市は、NHK朝の連続ドラマ“ちりとてちん”の舞台だったのですね。
朝のドラマは見ていない(実際は見る余裕がない)ので、全く思い出しもしませんでした。

チェックアウトの時に、ホテルのロビーに“ちりとてちん”の役者さんが泊られたのか写真とサインがあるのを発見しました。

その時、「この役者さん誰だっけ? 見たことある!」「ん~、思い出せない。男前やのに!!」とモヤモヤ。
「この人誰やった?」と聞くと、「青木何とかさんやん」というので思い出しました。
「“龍馬伝”の後藤象二郎や!」
後藤象二郎本人ではないのですが、幕末に関係(強引ですが 笑)する物に出会えて嬉しかったです。
青木崇高さん、すぐに思い出せなくてごめんなさい。
後藤象二郎はすごい当たり役だったと思います。

幕末になかなか出会えない福井での、私のちょっと嬉しい出会い(?)でした。











“八重の桜”効果

2013年05月02日
NHK大河ドラマ“八重の桜”のおかげで、研究が盛んになり色々と史実がわかってきたと、2013年4月30日付の朝日新聞に載っていました。

八重の最初の夫、川崎尚之助はその中でも一番研究が進んだそうです。

川崎は但馬国出石(兵庫県豊岡市)の出身で、会津の籠城戦で逃亡したという見方があったそうです。
しかし、会津藩士の名簿(1865年5月付)で「大砲方頭取」という肩書と共に確認され、戦後に東京で謹慎させられた名簿にも名前があり、戦い抜いた事がわかりました。

川崎は東京謹慎後の1870年、現青森県東部の斗南藩へ移住しています。
斗南藩は米の収穫量が少なく、藩民が飢えに苦しみ、川崎は函館で、斗南藩で収穫予定の大豆を中国米と交換する契約をデンマーク商人と交わしました。
しかし、仲介した人物にだまされ、裁判にかけられています。
その記録が北海道立図書館などにあります。

川崎は1875年3月20日、判決前に東京の病院で亡くなりました。

豊岡市の川崎家の菩提寺の「墓石明細簿」から同じ命日の「川光院清嵜静友居士」という戒名が見受けられます。
これが尚之助に間違いないとされています。


八重は、1871年に京都の覚馬の家に移ります。

鶴ヶ城落城から3年の空白期間がありましたが、最後の1年は山形県米沢にいたことがわかりました。

八重は母の佐久や覚馬の妻ら5年で1870年から米沢城下の内藤新一郎方に身を寄せていました。

内藤は米沢藩の名簿で中級家臣と分かりました。
内藤の備忘録によると、内藤は会津で川崎から大砲の訓練を受けていました。
その縁で八重は内藤を頼ったとみられます。
八重ら4人は覚馬に呼び寄せられて京都へ出発しましたが、覚馬の妻は離縁となり、斗南藩に向かったという記述もありました。

八重の家族についは、名前が不明であった長姉が「浦(うら)」で、覚馬より年長でした。
同音の覚馬の妻は「宇良(うら)」でした。

八重が襄の死後に養子を3人取った事もわかりました。
サダ、初、小一郎。
サダと初は実父が米沢藩士。
サダの実父は内藤と同様に会津で砲術訓練をしていたそうです。


以上、朝日新聞より

私は新選組ファンで幕末ファンでもありましたが(今ももちろん大好きです)、山本八重の事は知りませんでした。
覚馬の名前を知っているぐらいで、会津の女性といえば中野竹子や西郷頼母の家族が思い出されます。

大河ドラマもそれなりに見ていますが、ん~まだどんな女性かピンっときません。

この新聞記事を読むと、川崎尚之助がすごく良い人なんですよね。
そこまで会津に尽さなくても…って思ってしまいます。

八重とそれほど強い結びつきがあったとも感じられず…。

八重は新島襄とはラブラブエピソードがあるようですが、若気の至りで川崎尚之助と結婚しました的な気がするのは私の穿った見方でしょうかね(笑)

これから大河ドラマも本題に近付いてきます、私の中の八重の印象が少しでも良くなればいいのですが、どうなるのでしょう。
川崎尚之助が良い人に書かれると嬉しいです。
せっかくの研究の成果が生かされますように。








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