箱館奉行所珈琲

2011年05月31日
五稜郭に復元された、箱館奉行所オープンを記念して作られた、箱館奉行所珈琲です。

CIMG0069.jpg 

箱館にコーヒーが輸入された記述のある古い文献から、豆を推測して作ったそうです。
やや深めに焙煎した中びき豆は、苦味が強く、深いコクがあるのが特徴だそうです。

ネットでみてから気になっていました。
今回、購入!!

まだ飲んでいないので、味の感想は書けないのですが(笑)

近々、友人に物を譲ってもらう予定があり、そのお礼に1缶渡そうかと思い2缶買いましたが、“ん~”と実は迷いが出てます。
1缶は飲んで、1缶は保存用に…。
あ~、久々に新選組オタクの血が騒いでいます。
どうしようかな。

もう一度、函館に行きたくなりました。
行きた~い!!







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朗読活劇 “6月は深紅の薔薇 沖田総司”

2011年05月25日
前に壬生寺で要潤氏の“燃えよ剣”(土方歳三)の朗読活劇がありましたが、今回は東京で早乙女太一氏の“6月は深紅のバラ 沖田総司”があるそうです。

6月4日(土)と5日(日)の午後6時半
東京都中央区築地3丁目の築地本願寺 本殿特設ステージ(築地駅)で、朗読活劇「6月は深紅の薔薇 沖田総司」を上演。
全席指定、1人7500円

三好徹原作。
早乙女太一が朗読と、舞台と客席での芝居を織り込みながら、一人何役も演じます。
幕末の動乱期。夢と志に生涯を捧げた、新撰組・沖田総司の物語です。

キョードー東京(0570・064・708)。
http://kyodotokyo.com/recita11

というのを目にしました。

“6月は深紅の薔薇”は読みましたよ。
内容は…すみませんはっきり覚えていません。
が、確か沖田総司が「僕」という一人称を使っていたような記憶があります。

早乙女太一氏の沖田総司は美しすぎませんか?
多くの人が沖田総司は美男子のイメージを持っているはずですが、イメージ以上の美男子になりそうですね。
でも殺陣も着物さばきも素敵だと思います。








毘沙子島

2011年05月22日
毘沙子島(静岡県下田市外ケ岡)です。

ひさご島530

下田港を巡る“サスケハナ号”からみた風景です。

サスケハナ号
サスケハナ(USS Susquehanna、サスクェハンナとも)は、アメリカ合衆国海軍のフリゲートでポーハタンは準同型艦。
黒船来航時、旗艦としてマシュー・ペリー提督(実際には代将)が搭乗していたことで有名。
船名は、主にペンシルベニア州を流れるサスケハナ川から取られました。
サスケハナは、アメリカ原住民の言葉で「広く深い川」を意味します。
Wikipediaより


ペリーも目にしたかも…という事は、吉田松陰も金子重輔も見たであろう島ですね。

サスケハナ号で下田港遊覧が出来るようです。
でも私は船が苦手。
15分の乗船で酔った事もあるので、できれば船には乗りたくないです。
乗るならば、酔い止めを飲んで乗らないと!

昔の人は薬なんてない上に、今の船以上に揺れたのでしょうね。
よほどの人でないとダメですね。
反対に、船は日常的に使う(渡し船とか)ので、乗りなれていたのかしら?

新選組も江戸に帰る時は船でしたね。
沖田総司とか、体調不良の人は船の揺れにさらにつらくなかったのでしょうか?





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弁天島

2011年05月17日
弁天島(静岡県下田市柿崎)です。

弁天島1526

弁天島2527 

田港内に浮かぶ小島(現在は埋め立てられて島とは呼べませんが、島だった幕末1854年)は、黒船に密航しようとした吉田松陰と金子重輔が潜んでいた歴史的な場所です。
島の突端には、下田沖を指差す2人の銅像が建てられています。

私はまだこの地に行っていないので(写真は友人が行った時のものです)、弁天島の現状がよくわかっていません。
地図をみると、陸地とくっついているようなので、今は名前だけが当時の面影を残しているようですね。
吉田松陰もビックリしているのでは?

判らない場所は行って、実際に見てみるのが一番なのですが、いつ行けるのか…。
幕末関係の史跡もまだまだありますね。
もちろん新選組の史跡もまだまだあります。
行きたい!!







吉田松陰・金子重輔像

2011年05月11日
柿崎弁天島に隣接する公園(静岡県下田市柿崎)の吉田松陰と金子重輔像です。

企ての地2529  企ての地1528

金子重輔は吉田松陰の最初の弟子で共に碇泊中の黒船に乗り込もうとしました。
左側が吉田松陰、右側が金子重輔。


※金子重輔については、2008年12月5日 岩倉獄舎を参照してください。

吉田松陰という人物は、いったいどんな人物だったのでしょう。
ちょっと変わった性格だけれど、皆に慕われる人間。
詳しくない私はそんな印象です。

では容姿は?
肖像画を見る限り男前とは言い難いですよね。
でもこの銅像は? というと、普通にいい男ですね。
どちらが実物に近い顔なのでしょう。

吉田松陰という人物については、ほとんど知識がありません。
歴史小説などを読んで知っている程度なのですが、それでも松下村塾の名前はむか~しから、知っていました。
そして松下村塾に行くのいくつかある夢の一つで、少し前に叶える事が出来ました。
あまり詳しくない人でも、何となく気になるのが吉田松陰かもしれませんね。

今度は是非、この有名な密航事件現場に行ってみたいと思います。

萩も海に面しているので、広大な海を見て驚いたなんて事はないでしょうが、日本海と太平洋の海の違いを考えたりしたのでしょうか?
私でも日本海と太平洋…なんとなく雰囲気が違うかな?って感じるので、松陰ならもっと何かを感じたのかもしれないです。







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玉泉寺

2011年05月04日
玉泉寺(静岡県下田市柿崎31-6)は最初の米国総領事館で、黒船の乗務員の墓などがあります。

玉泉寺2518  玉泉寺5521

玉泉寺1517  玉泉寺3519

玉泉寺4520

玉泉寺6522
日本最初の屠殺場の跡

玉泉寺7523
  米国総領事旗掲場之地

玉泉寺8524  玉泉寺0
                 外国人墓地


嘉永7年3月、日米和親条約の締結により、下田が開港され同年5月に下田条約が結ばれると、玉泉寺はアメリカ人の休息所、埋葬所に指定されました。
安政3年タウンゼント・ハリス総領事は、通訳官ヒュースケンを伴い、米艦サンジャシント号で下田に着任しました。
ハリスは玉泉寺を日本最初の米国総領事館として開設。
庭前に星条旗が掲揚されました。

それ以前、日露和親条約の交渉の場となり、ロシア・ディアナ号高官の滞在等がありました。
境内には、黒船(ペリー艦隊)の乗員5名の墓地とディアナ号乗員3名、アスコルド号乗員1名の墓地があります。  

『唐人お吉』
初代アメリカ総領事館には、お吉やお福を含め5人の女性が召使女として勤めました。
なかでも「お吉」は安政4年5月22日17才でハリスの召使として出仕しました。
しかし、「お吉」の玉泉寺通いはあまり長いものではなく、同年8月に解雇手当が支給された受取書が残されています。

「物語」ではお吉の生涯はこの玉泉寺通いが原因となって、人々のお吉に対する蔑視と嘲笑に耐え切れず、酒に溺れ、世間から孤立し、貧困のなか身を持ち崩し、50才でその生涯を閉じたストーリーとなっている。
しかしこれには、史実と創作が入り乱れています。

史実に明らかなことは、「お吉」や「お福」が玉泉寺に通ったという事実と、ハリスが外交官として開国に導いた事であろう。
玉泉寺HPなどより


ペリーといえば、黒船。
黒船と言えば、明治維新のきっかけとなった事件。
まさに明治維新の重要史跡と言えますね。

黒船が日本に到着しなければ…。
ハリスがヒュースケンと下田に着任しなければ…。
日本はどうなっていたでしょう。

ヒュースケンは伊牟田尚平らに襲われ、殺害されていますよね。
異国の地で命を落とすなんて考えていなかったのでは?
ドラマなどでは、超上から目線で、我々に逆らう事など出来ない!って態度ですから、まさか襲ってくるとは思っていなかったのでは?
もし襲われても勝つ自信があったような気がします。

お吉の話も、本当の気持ちは本人しかわからないので難しいです。
が、異人と忌み嫌われた外国人の元に行くというは、嫌だっただろうとは想像できます。
当時は女性の地位は低く、いうがまま仕方がなかったのでしょうか。
今なら、国際結婚もごく普通ですから、外国人がボスというのも特別な事ではないのですが。

何もかもが時代なのでしょう。
そういう事があっての今なのですね。






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