新選組&幕末 ばんざい!!

新選組を中心に歴史の舞台を巡ります

アーカイブモード [2009年07月 ] 記事一覧

工藤祐経墓

工藤祐経墓(静岡県富士宮市上井出361)があります。    工藤祐経の陣所が置かれた所だといわれ、祐経の墓があります。 工藤祐経は、父の祐継が死に所領を継ぐと、叔父の伊東祐親が後見人となり、祐経は祐親の娘・万劫御前を妻としました。 祐経は上洛して平重盛に仕えるようになりました。 歌舞音曲に通じており、「工藤一臈」と呼ばれました。 しかし、祐経が在京している間に祐親は祐経の所領を横領してしまい、妻の万劫御前...

白糸の滝

音止の滝の奥に白糸の滝(静岡県富士宮市上井出)です。       上流に川は存在せず、富士山の雪解け水が溶岩断層から湧き出し滝を形成しています。 水量は毎秒1.5t。幅200m、高さ20mの崖から絹糸を垂らしたように流れる様子からこの名が付いています。富士の巻狩りの際に滝に立ち寄った源頼朝は詩を詠んでいます。 「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」 Wikipediaより 音止の滝を見てさらに進む...

音止の滝

音止の滝(静岡県富士宮市上井出新田)です。    音止めの滝の名前の由来は、かつて源頼朝が挙行した富士の巻狩りの際に、曽我兄弟が父の仇である工藤祐経を討とうとし、その密議をしていたが滝の轟音で話が聞き取れません。 そこで神に念じたところ、たちどころに滝の音が止んだという伝説によります。 曽我兄弟は見事に本懐を遂げました。 芝川本流の落差約25mの名瀑です。 豪快で雄々しい滝であり、白糸の滝とは対照的。 付...

曾我の隠れ岩

曾我の隠れ岩(静岡県富士宮市上井出)というものだそうです。    曾我兄弟が工藤祐経を討つ時に、隠れていたという大岩。 <曾我兄弟の仇討> 赤穂浪士の討ち入りと伊賀越えの仇討ちに並ぶ、日本三大仇討ちの一つ。 所領争いのことで、工藤祐経は叔父・伊東祐親に恨みを抱いていました。 安元2年10月、祐経は郎党の大見小藤太と八幡三郎に狩に出た祐親を待ち伏せさせていました。 2人の刺客が放った矢は一緒にいた祐親の...

勝海舟寓居跡

和歌山市にある勝海舟寓居跡(和歌山県和歌山市船大工町28)です。 勝海舟は、文久3年4月、海岸砲台検分のため数日間和歌山に滞在していました。 文久3年4月10日、龍馬は勝海舟を訪ねています。 龍馬は16日には越前福井の松平春嶽のもとへ出立しています。 実際の場所は、ここから少し川の方へ行った所だったそうです。 坂本龍馬日記などより JR紀勢本線と南海電鉄和歌山市駅から、前の道をまっすぐ約200mの交差点にある...

忍野八海-菖蒲池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草444-2)の菖蒲池です。    【菖蒲池】 むかしこの池の近くに仲の良い若夫婦が住んでいました。 ところが、不幸にも夫が肺病にかかり、妻はできるだけの力を尽くして食事や医薬の世話をしましたが、夫の病は重くなるばかりでした。 妻はもう神仏に助けを求める以外にないと考え、この池の水を浴びて身を清め、一心不乱に祈願しました。 すると、ちょうど37日目に「池の菖蒲をとって夫の身に...

忍野八海-お釜池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草111-2)のお釜池です。    【お釜池】 むかし、この池のほとりにあった家に、年老いた父親と2人の美しい娘が住んでいました。 父親は百姓をし、娘たちは裁縫や洗濯をしていました。 ある日、妹娘が洗濯をしていたところへ、突然大蟇が1匹あらわれて、その娘を強引に水中に引き込んでしまいました。 それを知った姉娘は、泣き叫んで近所の人たちの助けを求める一方、畑仕事に出ていた父親を...

忍野八海-底抜池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草)には底抜池もあります。 【底抜池】 この池は器物や野菜を洗うとき、あやまって手を離すと、渦に巻き込まれて行方不明となり、いくらさがしても見つからないといわれ、失われた物は池の底の穴をくぐってお釜池に浮かび上がってくるといわれています。 このようなことがたびたびあったため、村の人たちはこの池で物を洗うことを神様が嫌っているのだということが広まり、村人は恐れていると伝...

忍野八海-銚子池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草266-3)の銚子池です。    【銚子池】 むかし、ある家の花嫁が厳粛な結婚式の最中おならをしてしまいました。 その音がすごく大きかったので、つつみかくすことができず、年若い初心な花嫁はこれを深く恥じて、結婚式の席にいたたまれず、すきを見て席をぬけ出し、銚子を抱いてこの池に身を投げました。 その後、花嫁の履いていた草履が池の水面に浮かんできました。 そしてときおり美しい...

忍野八海-濁池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草269-2)の濁池です。    【濁池】 もとは澄んだ水をたたえ、飲料水となっていましたが、ある日、乞食のようなみすぼらしい行者がきて、池の地主の軒先に立って一杯の水を求めました。 その家の老婆が無愛想に断ったので、この池は急に濁ってしまったといわれています。 またこの濁り水を器に汲み取れば澄んだ水に変わるといいます。 八海めぐり第6番の霊場として、阿那婆達多竜王を祀り、...

忍野八海-湧池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草361-2)の湧池です。    【湧池】 むかし、富士山が噴火したとき、人々は焼け付くような熱のため大変苦しみました。 そしてのどの渇きや人家の火事、また野火を消すためにと、人々が水を求めて叫ぶ声が天地の間に広がります。 このとき、天の一方に大変美しい声で、「わたしを信じなさい。そして、永久にわたしをうやまうならば、私がみんなに水をあたえよう」と云われました。 この声の主...

忍野八海-鏡池

忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草339-2)の鏡池です。    【鏡池】水は濁り、湧水の綺麗なイメージとは異なりますが、逆さ富士の姿がはっきり映るのでこの名がつけられました。 また、この池の水はすべての事の善悪を見分けるといわれ、部落内になにかもめ事が起きて、事のおさまりをはかろうとするときは、争っている双方が池の水を浴び、身を清めて祈願しました。 八海めぐり第7番の霊場で、麻那斯竜王を祀り、今は無い...

忍野八海-概要&出口池

富士山の麓にある忍野八海(山梨県南都留郡忍野村忍草)は、名水100選にも選ばれています。 忍野八海は、富士山からの伏流水に水源を発するといわれる八つの湧水池(湧池、出口池、御釜池、濁池、鏡池、菖蒲池、底抜池、銚子池)の事をいいます。 忍野は、その昔、富士五湖と関連のある湖だったといわれ、八海は、忍野が忍野湖(宇津湖ともいわれた)といわれていました。 その後、漸次西方富士裾野と御坂山系との峡間を水蝕し、堀...

日本酒 菊水&龍馬

菊水酒造合資会社(高知県安芸市本町4丁目6-25)の日本酒“菊水”と“龍馬”です。    このお酒は、高知に史跡巡り旅行に行った時に買いました。 “菊水”の瓶の裏面(どちらが表?)には、紙箱にあるように、龍馬の名前があります。 “龍馬”の方は見たままです。 味は、忘れました…。 この頃もまだまだ、日本酒が苦手な頃でした。 それでも日本酒を買ってしまうのは、地元...

日本酒 長州志士

中村酒造株式会社(山口県萩市大字椿東3108番地4)の“長州志士”です。      お猪口付きです。             箱の3面に長州の有名人が描かれています。 原料米: 日本晴 精米歩合: 70% 酵母: 協会9号系 アルコール度数: 19度以上~20度未満 日本酒度: +1.0 酸度: 1.5 やや甘口で、コクのある飲みごたえのあるお酒です。 萩に行ったのは2度、昨年行った時のお土産でないので、20年近く前に買っ...

鷲ノ木の砂

土方歳三が上陸した、鷲ノ木浜(北海道茅部郡森町鷲ノ木町)の砂です。       鷲ノ木浜は、明治元年10月12日に折浜を出港した旧幕艦隊は、渡島地方の内浦湾に19日から23日にかけて結集し、鷲ノ木浜より上陸しました。 新選組の乗艦となった大江丸が鷲ノ木沖に到着したのは21日早朝で、上陸は翌日でした。 先着した回天から30名ほどが下船し、村会所で箱館府の荒井信五郎に面会し、宿と湯と500束の薪の用意を依頼しています。 ...

誉田林古戦場跡

誉田林古戦場跡(大阪府羽曳野市誉田3-2-8)が誉田八幡宮境内にあります。    道明寺の戦いは、豊臣家の江戸幕府に対する最後の抵抗を鎮圧するために起こった、大坂の役のうち、慶長20年に発生した大坂夏の陣における戦いの一つです。 豊臣方は、大坂城が大坂冬の陣のあと、堀をすべて埋められてしまったため、夏の陣では城を出て戦わざるをえない状況になっていました。 幕府軍は河内方面、大和方面および紀伊方面より大坂城に...

誉田(こんだ)八幡宮

誉田八幡宮(大阪府羽曳野市誉田三丁目2-8)です。    誉田八幡宮は、応神天皇を主祭神としています。 毎年9月の大祭には神輿が、境内にある太鼓橋を渡って御陵の後円部頂上にあった御堂までお渡りして、盛大な祭礼が続けられてきました。 応神天皇陵と誉田宮のゆかりの深さを物語る神事として知られています。 応神天皇の諱は、誉田別尊(ほんだわけのみこと)と呼ばれ、現在の羽曳野市誉田にゆかりがあるとされています。 応...

大鳥塚古墳

応神陵古墳の横に、大鳥塚古墳(大阪府藤井寺市古室2丁目344-1)です。    大鳥塚古墳は、墳丘の長さが110m、前方部の幅50m・高さ6.1m、後円部の直径72.6m、高さ12.3mの前方後円墳です。 くびれ部の両側に造出しがあり、幅の狭い水のない濠が周囲をめぐっている。 古市古墳群の中では中形で、前方部は南を向いています。 墳丘はほぼ全域がクヌギの林です。 造られた当時、墳丘の斜面には石が葺かれ、平坦面には円筒埴輪が...

誉田御廟山(応神陵)

大仙古墳(仁徳天皇陵)につぐ前方後円墳の誉田御廟山・応神陵古墳(大阪府羽曳野市誉田6丁目)です。 誉田御廟山古墳(応神陵)は墳丘長425mで、堺市の大仙古墳(仁徳天皇陵)に次ぐ全国第2位の墳丘長があります。 また、古墳の表面積や体積では大仙古墳を上回り全国一です。   前方部は北北西に向いています。 墳丘は三段築成。 濠と堤を二重にめぐらせています。 墳丘や内・外堤の斜面には葺石が施され、円筒埴輪が確認され...

葛井寺(ふじいでら)

藤井寺市にある、葛井寺(大阪府藤井寺市藤井寺1丁目16番21号)です。 葛井寺は、紫雲山三宝院剛琳寺と号し、剛琳寺ともいいます。 古代氏族葛井氏の氏寺として、7世紀後半の白鳳時代に建立されました。 古絵図などから、東西に塔をもつ薬師寺式の伽藍配置をとっていたことが知られます。 飛鳥時代から奈良時代にかけては、全国各地で有力な氏族が、仏教興隆を奉じて競って氏寺を造りました。葛井寺もその一つです。 葛井氏は、...

祇園祭-池田屋事件

今日は、祇園祭の山鉾巡行です。祇園祭は7月1日から7月31日まで続く、長いお祭ですが、山鉾巡行が有名ですよね。辻回しが圧巻です。といっても、私も現地で見たことはないのですが…。平日だったりで行く機会がないですね。池田屋事件と祇園祭はドラマや映画、小説でよく描かれます。“コンコンチキチン コンチキチン”を聞くと、池田屋事件を思い浮かべます。祇園祭は1200年近く続くお祭です。鉾や山は修理などを施しながらも、...

近松門左衛門墓

広済寺(兵庫県尼崎市久々知1丁目3-27)は、『曽根崎心中』などの著書で有名な、近松門左衛門の墓所です。     近松門左衛門墓(国指定史跡) 表には近松と妻の法名(戒名)が並んで刻まれています。 近松門左衛門は、元禄期に活躍した歌舞伎・浄瑠璃の作者です。 本名は杉森信盛。 松平昌親に仕える越前藩士・杉森信義と医者の家系である岡本為竹法眼の娘・喜里の間に生まれました。 出生地については越前説と長門国萩(もとも...

関ヶ原-補遺

関ヶ原(岐阜県不破郡関ケ原町)周辺の、その他の史跡です。 前述のように、私は目的地に行く途中、寄ってもらったので、下記の史跡にまで足を伸ばせませんでした。 お時間のある方は、ぜひとも歩いてください。 奥平貞治の墓 …  家康に派遣されて小早川秀秋の動きを監視していました。秀秋が寝返ってからは陣頭に立ち、敵を追って玉村あたりで戦死したと伝えられています。 元治元年、子孫・奥平新左衛門源貞昭がこの地...

関ヶ原 決戦地

関ヶ原にある、決戦地跡(岐阜県不破郡関ケ原町)です。    関ケ原合戦の午前中の戦況は、西軍75,000余の内、参戦していたのは、石田、小西、宇喜多、大谷隊の35,000余の軍勢のみでした。 しかし、西軍は東軍を圧迫し、優勢でした。 東軍は南宮山の毛利隊に備えていた有馬・山内隊も前線に投入し、家康本体も戦況打開の為、今の陣場野まで進出しました。 戦況不利とみた家康は、かねてから内応を約束していた小早川隊に催促の一...

石田三成旗印

石田三成旗印    “だいいち だいまん だいきち”と読みます。 「大とは天下を意味するものなり。   天下のもと一人が万民のために(大一)     万民が一人のために命を注げば(大万)  すべての人間の人生は吉となり(大吉)   太平の世が訪れる。     故に人間が変われば世もまた変わる」 という意味だと考えられています。 また大一大万大吉の六字紋は、一を「かつ(勝)」と読み、万「よろず」を万...

石田三成陣・笹尾山遠景

石田三成の陣があった、笹尾山を関ヶ原(決戦地碑の辺り)から眺めました。     標準で撮った写真 笹尾山の中腹に「大一台万大吉」の旗印が書かれた幟が見えます。 麓に見えるのは、蒲生郷舎陣の幟と島左近の幟です。    少しアップで撮りました。 たくさん幟が立っています。 笹尾山に登って、関ヶ原を一望するのも良かったですが、こうして笹尾山を遠くからみうるのもいいものです。 敵方からの目線になるのでしょう。 ...

石田三成陣跡-笹尾山

石田三成陣跡(岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原)になります。    三成は、北国街道を守備するため、兵6,000と豊臣の兵2,000を笹尾山の正面に配しました。 竹矢来を二重に田の中に囲い、竹矢来の前面に島左近を、中間に蒲生郷舎を置き、三成自身はこの山頂で指揮しました。 この山の前面が最大の激戦地でした。      二重の竹矢来    蒲生郷舎陣   笹尾山より関ヶ原を望む 関ヶ原町HPなどより 国道365号の小池...

安政の大獄 吉田松陰没150年

2009年7月9日 朝日新聞(夕刊)に記事を見つけました。あちらこちらで、まだまだ確執が残っているのですね。でも、それで戦争が起こっているのではないので、まだ“歴史”という括りで眺めていられる気はします。個人、個人の付き合いでは、そんな事は感じないのでしょうが、地域と地域になるとムクムクと出て来るのだと思います。近くて遠い“幕末”を感じます。ぐるなびトラベル(インターネット版 旅の手帖)全国の観光情報が満...

池田屋跡 居酒屋 池田屋 (新聞記事)

いよいよオープンしました。京都の池田屋跡地(京都市中京区三条通河原町東入ル北側)の居酒屋 池田屋。出来れば外から見ても、池田屋復活とわかるような物だったら嬉しかったのですが…。朝日新聞 朝刊 7月9日付階段落ちシーンの階段より、傾斜は緩やかになっているそうです。海鮮茶屋 池田屋 はなの舞ぐるなび 海鮮茶屋 池田屋 はなの舞...

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新選組と幕末だらけの本棚
実は二重になっているので、
後ろにも本棚が…。

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