新選組&幕末 ばんざい!!

新選組を中心に歴史の舞台を巡ります

アーカイブモード [2009年04月 ] 記事一覧

ニシン蔵(水戸烈士記念館)

【また聞き ⑥】 松原神社内(福井県敦賀市松原町)には、武田耕雲斎ら823人が監禁されたニシン蔵が保存されています。       元治元年、武田耕雲斎が率いる水戸天狗党は、尊王攘夷を唱えて挙兵しました。 朝廷に志を訴えようと京都へ上る途中、敦賀で捕らえられました。 幕府は厳しい処罰を下し、翌年、来迎寺(松原)で353人が斬首されました。 道路をはさむ松原神社境内には、一行が監禁されたニシン蔵が記念館として残って...

武田耕雲斎墓-松原公園

【また聞き ⑤】 松原公園(福井県敦賀市松島町2丁目)に武田耕雲斎墓があります。          元治2年、水戸藩士武田耕雲斎・藤田小四郎以下353名が処刑された来迎寺(松原)跡に建てられました。茨城県水戸市見川2丁目103の妙雲寺にも墓があります。 武田耕雲斎は、水戸藩士。 名は正生、字は伯道、通称は彦五郎、伊賀のちに修理と称しました。 跡部正続の長子、宗家跡部正房のあとを継ぎましたが、甲斐武田氏の後裔として...

橋本左内像-左内公園内

【また聞き ④】 橋本左内像が左内公園内(福井県福井市左内町7)に建っています。 福井電鉄福武線公園口駅下車。 毛矢交差点を右折、福井毛矢郵便局から一本東の道を、北方向へ250mほど行った場所です。 肖像画の左内と、銅像の左内の顔は違いますか? また聞き状態なので、銅像の顔がはっきりとわかりません。 どちらが実物に近いのでしょう。 銅像の顔を見たいです。 靖国神社の大村益次郎ほどに高い台座には乗っていないよう...

啓発録碑-左内公園内

【また聞き ③】 左内公園内(福井県福井市左内町7)に啓発録碑があります。    <啓発録> 1.稚心を去る … 子供じみた心を取り去り 1.気を振う … 気力を養い 1.志を立てる … 向上心を持ち 1.学に勉める … 勉学を怠らず 1.交友を択ぶ … 自分を戎めてくれる友人を持つ福井電鉄福武線公園口駅下車。 毛矢交差点を右折、福井毛矢郵便局から一本東の道を、北方向へ250...

橋本左内墓-左内公園内

【また聞き ②】 福井市の左内公園内(福井県福井市左内町7)にある橋本左内墓です。     生誕祭 春山2丁目常盤町の左内生誕地で、毎年4月11日に「生誕祭」が行われます。 墓前祭 お墓のある左内公園(墓前地)で、毎年10月7日に「墓前祭」が行われます。 福井電鉄福武線公園口駅下車。 毛矢交差点を右折、福井毛矢郵便局から一本東の道を、北方向へ250mほど行った場所です。 橋本左内の墓は、東京都荒川区南千住...

横井小楠寄留宅跡

【また聞き ①】 横井小楠寄留宅跡(福井県福井市中央3丁目11-31)    坂本龍馬が福井を訪れた文久3年当時の横井小楠の寄留宅は、現在の福井市足羽川にかかる幸橋北詰から西へ約50mほど下ったところで、石碑が建っています。 当時の小楠の居宅は、四畳半・三畳の二間の平屋(書院づくり風)で、太平洋戦争で福井市が戦火に遭うまで使われていたそうです。 前の足羽川を距てた対岸の舟場町には、由利公正(三岡八郎)の居宅が...

福井-参考

福井の史跡巡りはまだ行っていません。 行きたいです! 友人が史跡巡りに行った時に、お土産に写真等を貰いました。 実際の写真があれば雰囲気がなんとなくわかって、現地で探す手がかりになりやすいかもしれませんので、参考として記しておきたいと思います。 【また聞き】 ←の表記をつけておきます。...

池田屋 復活?!

池田屋跡(京都府京都市中京区)に、居酒屋「池田屋」がオープンするそうです。開店はもう少し先で、7月だそうです。新選組が襲撃した、“池田屋”は営業停止となり、その後、縁者らによって近くの三条木屋町付近で同じ屋号で営業していましたが廃業しました。三条通の池田屋跡地は戦後、別の経営者が旅館を経営後、テナントビルやパチンコ店など変わり、昨年初めからは空きビルでした。居酒屋チェーン「チムニー」(東京都)が「は...

蒸気機関車(SL)

博物館明治村(愛知県犬山市内山1番地)の明治村「名古屋駅」と「東京駅」の間、約800メートルを走っている蒸気機関車(SL)です。 写真は機関車が方向転換しているところです。 回転台(?)で止った機関車は、人力で回転させていました。 ※ 京都市電も走っています。   日本で最初に開通した路面電車「京都市電」は「チンチン電車」という愛称で親しまれています。 マイクロエース C57-135 さようならSL列車牽引機 A9905 【...

聖ヨハネ教会堂

京都にあった、聖ヨハネ教会堂も博物館明治村(愛知県犬山市内山1番地)に移築されています。 旧所在地 京都市下京区河原町通五條 明治6年、キリスト教の禁止令が解かれ、各地に教会堂が建てられるようになりました。 聖ヨハネ教会堂は、明治40年京都の河原町通りに建てられたプロテスタントの一派日本聖公会の京都五條教会で、2階が会堂に、1階は日曜学校や幼稚園に使われていました。 中世ヨーロッパのロマネスク様式を基調...

霊山歴史館 2009年 春季特別展「よみがえる幕末維新」

今年は箱館戦争終結・土方歳三没後140年です。 会期もあと少しですが、ゴールデンウィーク中は開催されています。 京都市 霊山歴史館...

聖ザビエル天主堂

京都にあった聖ザビエル天主堂も、博物館明治村(愛知県犬山市内山1番地)に移築されています。 旧所在地 京都市中京区河原町三條 白亜の教会堂は、聖フランシスコ・ザビエルを記念して、明治23年かつてザビエルがいたことのある京都の地に献堂されたカトリックの教会堂です。 基本構造はレンガ造と木造との併用で、外周の壁をレンガ造で築き、丸い高窓の並ぶクリアストーリーの壁を木骨竹小舞の大壁構造にし、内部の柱や小屋組...

皇居正門石橋飾電燈

愛知県の博物館明治村(愛知県犬山市内山1番地)にある、皇居正門石橋飾電燈です。 旧所在地 東京都千代田区千代田 皇居前広場から皇居に通じる橋です。 江戸時代からこの場所には“西の丸大手橋”と呼ばれる木橋が架けられていました。 明治宮殿造営に際して二重橋の鉄橋も木橋から架け替えられましたが、この“石橋”も木橋に替わり架けられました。 橋は、明治19年3月に起工され明治20年12月に竣工しま...

西郷從道邸

博物館明治村(愛知県犬山市内山1番地)に移築されている、西郷從道邸です。 旧所在地 東京都目黒区上目黒 木造総二階建銅板葺の洋館は、明治10年代のはじめ西郷隆盛の弟西郷從道が東京上目黒の自邸内に建てたものです。 西郷從道は、明治初年から度々海外に視察に出掛け、国内では陸・海軍、農商務、内務等の大臣を歴任、維新政府の中枢に居た人物で、在日外交官との接触も多くありました。 そのため「西郷山」と呼ばれる程の広...

丹波篠山城より

丹波篠山城(兵庫県篠山市北新町2-1)から高城山(八上城)をが見えます。 石見の人ともされる波多野稙通が戦功をあげて永正年間に多紀郡郡代に就任した際、多紀郡多冶山に築城して居城としたことから八上城の歴史が始まります。 弘治3年に一度松永久秀によって城を奪われましたが、永禄9年に波多野晴通、秀治が奪還しました。 天正3年に織田信長の命を受けた明智光秀による攻略が開始され、毛利氏や赤井氏の支援があったもの...

丹波篠山城-二ノ丸跡と大書院

丹波篠山城(兵庫県篠山市北新町2-1)の二ノ丸跡からみた復元された大書院です。 二ノ丸跡とその北西隅にある井戸(手前)と、復元された大書院(奥)です。 何処だったかな? 二ノ丸付近だと思うのですが…。 篠山城の大書院は二の丸跡に所在した城主居館の中で、とくに歴代城主による公式行事に使用された場所で、正規の書院造の建物となっていました。 この建物は慶長14年の徳川幕府の天下普請による篠山城築城時に...

丹波篠山城-天守台

丹波篠山城(兵庫県篠山市北新町2-1)の天守台跡です。 慶長14年、徳川家康は、松平康重(家康の実子説あり)を常陸国笠間城から丹波国八上城に移し、新城の築城を命じました。 山陰道の要衝である篠山盆地に城を築き、大坂の豊臣氏をはじめとする西国諸大名のおさえとするのが目的であったとされます。 篠山盆地中心部の丘陵である笹山を築城地と定め、藤堂高虎が縄張を担当しました。 普請総奉行を池田輝政が務め、15ヶ国20...

丹波篠山城

丹波篠山城(兵庫県篠山市北新町2-3)です。    元治元年の禁門の変には、蛤御門、堺御門を警衛しました。 慶応2年、長州再征には将軍家茂に従って大坂へ出動しました。 翌年正月、孝明天皇大葬の際、泉涌寺勤番、火の番を命ぜられました。 鳥羽・伏見の戦いでは、藩士864人が京都へ向かいましたが、新政府軍の勝利を知って亀岡の近くから兵を返しました。 山陰道鎮撫総督西園寺公望が兵を率いて篠山へ進駐した時、藩主は江...

伊賀上野城

伊賀忍者で有名な伊賀市にある、伊賀上野城(三重県伊賀市上野丸之内106)です。 上野城は、三重県伊賀市上野丸之内(上野公園)にあった平山城です。 白鳳城、伊賀上野城とも呼ばれます。 天正13年、大和郡山から移ってきて伊賀を拝領した筒井定次により、天正伊賀の乱で焼け落ちた平楽寺の跡に築城されました。 天守は3層であったといわれますが、史料は残っていません。 城代屋敷の北東隅に筒井時代の天守があったと考えられて...

名古屋城-青松葉事件遺跡

名古屋城(愛知県名古屋市中区本丸1-1)の中にある、青松葉事件遺跡の碑です。    慶応4年正月20日、二之丸御殿向屋敷の前庭で、尾張徳川家の三重臣が斬首され、いわゆる青松葉事件が始まりました。 昭和の初めに「青松葉事件之遺跡」碑が、ここから南へ約100mの処刑地跡に建立されましたが、その後所在不明となったので、ここに復元しました。 青松葉事件とは、、慶応4年1月20日から25日にかけて発生した尾張藩内での佐...

名古屋城-藩訓秘伝の碑

名古屋城(愛知県名古屋市中区本丸1-1)内にある、藩訓秘伝の碑です。    初代藩主・徳川義直の直撰「軍書合鑑」の中にある一項の題目で、勤王の精神について述べています。 歴代の藩主はこれを藩訓として相伝し、明治維新にあたっては、親藩であったのに、勤王帰一を表明したといわれています。 尾張藩は三家。 尾張藩祖徳川義直の正統は9代宗睦で絶え、以後、将軍家から押しつけられた移入藩主が続きます。 藩校明倫堂の教...

名古屋城-新選組隊士謹慎の地

名古屋城(愛知県名古屋市中区本丸1-1)に、新選組隊士謹慎の地があります。 明治2年5月の箱館五稜郭の降伏後、謹慎・収容となった新選組は青森、弘前の諸寺院を転々としましたが、再度、箱館の弁天台場に送られて謹慎生活を送りました。 11月に入って海路、東京に移送され、芝増上寺に収容されると、降伏人に対して改めて処置の決定があり、諸藩へ預け替えとなりました。 島田魁、田村義利、田村義忠、大橋山三郎、山崎義範...

長光寺-維新史跡贈正四位僧月性龍護遺跡

坂本龍馬や吉田松陰にも関係がありそうな長光寺(大阪府大阪市中央区島町2丁目2-19)です。    龍護は月性の叔父で、長光寺の住職です。 月性が京都や大坂に遊学する折は、この叔父に頼ることが多かったようです。 また庫裡の3階には坂本龍馬や吉田松陰も宿泊したことがあるそうです。 密議を行ったりもしたとか。 月性は西郷隆盛と心中した月照とは別人です。 月性は長州の僧。 字は知園、清狂と号しました。 周防遠崎妙園...

彦根城-井伊直弼像

彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)に建つ井伊直弼像です。    この銅像は、井伊直弼が最後の官職であった正四位左近衛中将の正装をうつしたのもです。 彦根市教育委員会HPより井伊直弼です!肖像画と似てます?!でっぷりとしたところは似ていますよね。幕末を語るには忘れてはいけない人ですね。実際の井伊直弼はどんな人だったのでしょう。中央の政治家としては敵が多くても、地元の領主としては好かれていたのでしょうか...

彦根城-遠城謙道之碑

彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)内の遠城謙道之碑です。    遠城謙道は、旧彦根藩士で通称遠城平右衛門といい、文政6年(1823年)に彦根で生まれました。 15歳で鉄砲隊に入りましたが、藩医「堀田道策」に医術を学んだのを始め、儒学や画も学ぶなどし、特に禅の修業を積んだことで武士の魂を磨きました。 桜田門外の変で、大老井伊直弼公の横死の後、悲憤の余り主君の旧恩に報じようと同志と謀り老中に抗弁するも、果...

彦根城-槻御殿

彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)の槻御殿は井伊直弼誕生の地です。    彦根城の北に位置する玄宮園は、隣接する楽々園とともに、江戸時代には“槻御殿”と呼ばれた彦根藩の下屋敷です。 槻御殿は、延宝5年に4代藩主井伊直興により造営が始まり、同7年に完成したと伝えられています。 現在は、槻御殿の庭園部分を玄宮園、建物部分を楽々園と称しています。 井伊直弼は、文化11年10月29日、槻御殿で生まれました。 ...

ありがとうございます-新選組流山本陣跡

本来ならば、コメント欄にて御礼を申し上げるべきところですが、皆さんにお知らせするにはこちらの方が有効ではないかと思い、この記事にて御礼申し上げます。 新選組流山隊の隊長様より、新選組流山本陣跡について、最新の研究報告についてご教授頂きました。 ありがとうございます。大変勉強になりました。 研究は日々進んでおり、新しい史料をこまめにチェックしなければと、改めて思いました。 私は2002年度の「新選組史跡事典...

彦根城-天秤櫓

彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)の天秤櫓です。    石垣は右側が築城当時の“牛蒡積”、左側が改修による整った“切石積”となっています。 鐘の丸から空壕の天秤櫓の門へかかっている幅2間、長さ8間の橋で、以前はこの橋の上に屋根がついていたので廊下橋と呼ばれていました。 今はその屋根はありません。 この屋根も防備の点から考えられたものと思われる。 “牛蒡積” 粗雑に見えますが...

彦根城-鐘の丸跡

彦根城内(滋賀県彦根市金亀町1-1)にある、鐘の丸跡です。    築城当初、城下町に時間を知らせる時報鐘をここに置いていたため、このような名称となっています。 しかし鐘の音が城下北隅に達しないので鐘を現存地の牙城楼門外に移しました。 鐘郭(木原槲)に御守殿と呼ぶ葵章の建築物がありました。 (陸軍省所轄中、明治の初めに大津の営所に移築されました。) これは元和6年東福門院后西上の時、初め東山道を順路とされ...

彦根城

彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)といえば、大老井伊直弼より“ひこにゃん”でしょうか。       譜代大名。25万石。 安政5年4月、藩主井伊直弼が大老に就任、将軍継嗣、条約締結を強引にすすめ、安政の大獄を断行して幕府独裁制の強化をはかりました。 桜田門外の変で横死し、次男直憲が14歳であとを継ぎました。 しかし、幕府の科を受けて直憲差控え、10万石減知に処せられました。 文久3年以降、彦根藩は江...

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新選組と幕末だらけの本棚
実は二重になっているので、
後ろにも本棚が…。

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