新選組&幕末 ばんざい!!

新選組を中心に歴史の舞台を巡ります

アーカイブモード [2008年09月 ] 記事一覧

本伝寺

本伝寺(大阪府大阪市北区兎我野町14)に谷三兄弟の墓があります。 長男 谷三十郎は、備中高梁出身で、父は谷三治郎です。 直心流、神陰流剣術。副長助勤、七番隊組長を歴任しました。 備中松山藩士でしたが、何らかの失策によって安政3年頃にはお家断絶となり、大坂に出ました。 池田屋には土方歳三隊に属して屋内に斬り込んでいます。 元治2年のぜんざい屋事件では、万太郎らと踏み込み、足に軽傷を負っています。 三十郎の...

薩摩藩大坂中蔵屋敷跡

薩摩藩大坂中蔵屋敷跡(大阪府大阪市西区江戸堀)の碑はあります。    私が見た史料には「江戸堀5丁目」とありますが、現在は5丁目がありません。 ただ、土佐堀通を上蔵屋敷から東(肥後橋・淀屋橋方面)に歩いていた時に、道路の南側で見ました。 出来立てホヤホヤという感じの、土蔵と碑でした。 碑は小振りだったので、土蔵を目印に探してみられた良いと思います。...

薩摩藩大坂上蔵屋敷跡

薩摩藩大坂上蔵屋敷跡(大阪府大阪市西区土佐堀2丁目4)が土佐堀橋の前にあります。     薩摩藩の大阪藩邸は、土佐堀2丁目に上屋敷、江戸堀5丁目に中屋敷、立売堀西之町に下屋敷がありました。蔵屋敷と称されていました。 上屋敷があった場所は、現・三井倉庫になっていて、碑が建てられています。 元治元年、神戸海軍操練所の閉鎖が決まり、11月頃から翌年4月上旬まで龍馬らの消息が途絶えます。 小松帯刀の大久保利...

土佐藩大坂陣営

土佐藩大坂住吉陣営(大阪府大阪市住吉区住吉2丁目)という名前があったのかは判りませんが、大阪市住吉区の住吉大社西南の一画に、軍事施設としての陣営を構えていました。 龍馬は文久2年2月8日、この陣営で安岡覚之助と会い、京都へ行き形勢を視察したのち土佐へ帰っています。 また住吉陣営にいた望月清平宛に書簡を送っています。 陣営の建物は、のちに京都の白川へ移され、陸援隊の兵舎となりました。 坂本龍馬大事典よ...

土佐藩大坂蔵屋敷跡

土佐藩大坂蔵屋敷跡(大阪府大阪市西区北堀江4丁目)は、土佐公園や土佐稲荷神社になっています。 土佐公園内の土佐稲荷です。        “鰹座橋”交差点            “白髪橋”交差点 大坂に置かれた藩邸を蔵屋敷と称するのは、年貢米の換金や国許の物売り捌き財政を潤す機能を持っていたためです。 水運の便利な中之島や堂島には、各藩の蔵屋敷が建ち並んでいました。 土佐の名産は和紙...

安治川河口

安治川河口(大阪府大阪市港区弁天6丁目&波除6丁目・此花区西九条7丁目)も新選組に関係があります。 元治元年1月、江戸から再上洛する将軍家茂の警備の為に、新選組は大坂に下りました。 土方歳三は安治川河口で警備を行った新選組の様子を、縁戚の日野・平家に図に書いて送っています。 土方歳三写真集より “土方歳三写真集”を見ていただくと、ほぼ同じアングルの写真が載っています。 安治川河口としか記載が...

寺田屋

寺田屋(京都府京都市伏見区南浜町236番地)をめぐって、平成の寺田屋騒動が起こっています。 今日のテレビのニュースでは、京都市が「寺田屋は再建された建物」と結論をだしたようです。    寺田屋といえば、坂本龍馬というほどに有名です。 先日の大河ドラマでも「寺田屋騒動」の回がありましたね。 こちらは薩摩藩ですが。 文久2年4月23日、薩摩藩の急進派と島津久光の鎮撫派との争いにより、9名の犠牲者を出したという事...

天保山-朝陽岡

天保山の頂上付近を歩いていると、朝陽岡(大阪府大阪市港区築港3丁目)がありました。 これは、大阪港の開港と発展のために尽くし、大阪築港事務所初代所長を勤め、大阪府知事でもあった西村捨三が愛したという「朝陽岡」と彫られ彦根藩邸に在った庭石です。 西村捨三は天保14年(1844)彦根の医師の家に生まれました。 本名を得三郎といったが素行が悪く「捨三」と呼ばれたといいます。 10歳から14歳まで彦根藩主井伊家に仕えて...

天保山-明治天皇行幸記念碑

天保山の三角点の隣には明治天皇行幸記念碑(大阪府大阪市港区築港3丁目)もあります。    明治天皇が慶応4年3月26日に電流丸(咸臨丸型)、万里丸、千歳丸、三邦丸、華陽丸、万年丸の六隻(合計2452トン) フランス艦1隻で日本初の観艦式を行った行幸記念碑です。 天保山に登った時に、この碑が目に入りました。 「明治天皇」の文字が刻まれているので、明治時代のものだろうと思っていました。 慶応4年3月ですから、徳川幕...

天保山-三角点

天保山にはちゃんと三角点(大阪府大阪市港区築港3丁目)があります。 この階段を上がり、下ったところが三角点です。 天保山の三角点 大阪のその他の低山です。是非登ってみて下さい。天保2年(1831年)から天保3年にかけて、船の航路を確保するために安治川の土砂を積み上げてできた山です。 当時、高さ約18m・周囲約180mで、裾地は約2kmでした。 幕府は目標(目印)山と名付けたが、庶民は天保年間にできた山なの...

天保山

天保山(大阪府大阪市港区築港3の一帯)。       天保2年に、安治川と海岸を浚渫して港を造り、土砂を積んで人工島を造りました。 年号にちなんで天保山となづけました。 江戸から船を使って京都へ行く場合は、この天保山で下船しました。 慶応4年1月の鳥羽・伏見の戦いで東軍が敗退すると、新選組は大坂の常宿、八軒家の船宿京屋に入りました。 1月9日に天保山より、永倉新八らの乗船した順動丸が抜錨しました。 強風...

ぜんざい屋事件跡

ぜんざい屋事件跡(大阪府大阪市中央区瓦屋町1-11-1)には、碑が建てられています。 元治2年1月8日、谷万太郎ら4名が大坂のぜんざい店石蔵屋を急襲して、土佐の大利鼎吉を斬殺しました。 元治元年11月、長州に潜伏していた田中光顕ら土佐を中心とする浪士が、大坂城を焼き討ちにしようと企てていました。 道頓堀の鳥毛屋を拠点として準備を重ね始めました。 しかし幕府側に動向を察知されて、拠点を松屋町のぜんざい店・...

常安橋会所跡

家里次郎切腹の地である常安橋会所跡(大阪府大阪市北区中之島4~5丁目/西区土佐堀1~2丁目 常安橋)です。 常安橋は土佐堀川に架かる橋です。 橋名は、中之島を開いた豪商・淀屋 岡本常安に由来しています。 しかし、南詰にあった和漢薬問屋の田辺五兵衛が、橋を架け替えたので、元禄の頃は田辺屋橋とも呼ばれていたそうです。 この橋のたもとに会所があっといわれています。正確な場所は不明。 文久3年4月から6月にか...

藤井藍田邸跡

藤井藍田邸跡(大阪府大阪市西区南堀江3丁目1)が高台橋公園になります。 藤井藍田は大坂の町人志士で、安政4年に私塾「玉生堂」を開き、長州系志士を中心に交流を持ちました。 慶応元年5月26日、新選組に捕縛され、万福寺(大坂の屯所)に引き立てられました。 藤井は新選組の取調べに黙秘を貫きました。 藤井は大坂西町奉行所に引き渡されたのち獄死とも、完全黙秘に腹を立てた新選組が、納屋の四方から槍で射したとも言わ...

雲雷寺-加嶋屋作兵衛墓

雲雷寺(大阪府大阪市中央区中寺1丁目)に加嶋屋作兵衛の墓があります。 加嶋屋は入替両替・大名貸しを営む大坂の豪商で、大川町に店を構えていました。 代々、作兵衛を名乗り、「加作」と呼ばれていました。 新選組と関わりがあった政達は九代目で、京都の三井家から婿養子に入りました。 文久3年6月、芹沢鴨は大内真蔵、石沢千吉という者を店にやり、遊興費であろう30両を借りています。 「いずれ命があったら返済する」とい...

平野屋五兵衛邸跡

両替商の平野屋五兵衛邸跡(大阪府大阪市中央区今橋1-5)です。 「天五に平五 十兵衛横町」と刻まれています。 代々、五兵衛と名乗り「平五」と呼ばれていました。 幕末の頃は九代目で、新選組は借金の申し込みのたびに、主人は留守と断られていました。 そのため、文久3年4月2日に、芹沢鴨・近藤勇・新見錦・土方歳三・永倉新八・沖田総司・野口健司が主人が帰って来るまで店で待つと、居座る事にしました。 平野屋は奉行...

顕孝庵-鴻池善右衛門墓

鴻池善右衛門墓が顕孝庵(大阪府大阪市中央区中寺2丁目4-6)にあります。 元は玉泉寺といいました。 廃寺となっていたのを1661年(寛文元年)鴻池家が一族の菩提寺として復興し、顕孝庵と改名しました。 大阪市中央区HP 私は外観しかみませんでしたが、境内は鴻池一族の墓で埋め尽くされているそうです。 五輪塔も70基ほどあるそうです。 大阪市営地下鉄谷町線か大阪市営地下鉄千日前線の谷町九丁目駅から250mほどです...

鴻池本宅跡

鴻池本宅跡(大阪府大阪市中央区今橋2)は、現在大阪美術倶楽部になっています。    代々善右衛門を名乗っています。幕末時は10代目になります。 当時、金策に来た浪士を、近藤が派遣した土方、山南らが斬伏せました。 鴻池では名刀をそれぞれに贈ったと『両雄士伝』にあります。 文久3年7月4日に芹沢鴨、近藤勇が鴻池より200両、ほかに30両の金を受け取っています。 元治元年12月、長州征討のための資金集めを引き受けた近...

京屋跡・八軒家船着場跡

京屋跡(大阪府大阪市中央区天満橋京町1番)が大坂城近くにあります。「八軒家船着場の跡」碑赤い屋根のレンタカー店の右横の端のビル付近が、ナニワビルの辺りです。上の八軒家船着場の跡碑の道を挟んだ向かい側です。キャッスルホテルを対岸から見ました。大坂での新選組の常宿が大川の左岸、天満橋の下手にあった八軒家の京屋中兵衛でした。天満橋と天神橋の間に八軒の船宿があったからといいますが、幕末には十軒ありました。...

江ノ口という地名

岡田以蔵の出身が、土佐国土佐郡江ノ口村というので、江ノ口という地名があると、どうしても「江ノ口」を写真を撮りたくなりました。 私は今のところ、江ノ口村という地名しか調べきれていません。 どの辺りに生家があったのかわかっていれば、そこに慶び勇んで行ったのですが。 わかっているのでしょうか。 JR高知駅(高知県高知市栄田町・北本町)より江ノ口方面を望む 江ノ口東公園(高知県高知市比島7丁目)...

高麗橋

今橋から南へ50mも歩かないでしょう。次の橋が高麗橋(大阪府大阪市中央区高麗橋1丁目)です。司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」の冒頭に近い部分(“江戸へ”の章)にこの高麗橋が出てきます。坂本龍馬と岡田以蔵が大坂のここで出会います。以蔵が龍馬とは知らず、お金の為に辻斬りをしようとします。お互いがそれぞれの噂などは知っており、その後、2人で八軒家の船宿京屋治郎作に行きます。「燃えよ剣」の次に読んだと思う「竜馬が...

坂本龍馬記念館

坂本龍馬記念館(高知県高知市浦戸城山830番地) やはり土佐高知といえば、坂本龍馬ですね。そして坂本龍馬とも、土佐勤王党とも関係ありませんが、桂浜水族館には“幻の魚 アカメ”がいるそうです。今まで水族館に廻るだけの時間的余裕が取れないので、ご対面はしていませんが、いつかは見てみたいですね。桂浜水族館...

浦戸大橋

浦戸大橋(高知県高知市種崎・浦戸) 1,480mの橋です。 1972(昭和47)年7月に完成しました。 坂本龍馬記念館より浦戸大橋方向をみています。...

今橋

今橋(大阪府大阪市中央区今橋1丁目)は、阪神高速の高架下付近に掛かっています。 内山彦次郎暗殺の翌日、大坂今橋などに斬奸状が貼り出されました。 土方歳三写真集より 大阪市営地下鉄堺筋線か京阪電鉄の北浜駅から歩くとすぐです。 北浜付近は金融街なので、日曜日に訪れたので、人がまばらでした。 史跡巡りをするには、絶好のロケーションでした。 もちろん幕末当時は、高速道路などはなく…。 ビルも高速道路もない...

袂石・厳島神社

袂石(高知県高知市御畳瀬)。 この辺りにあるはずですが、どうしても袂石を見つけられず。 下記に出てくる厳島神社です。 震天丸碇泊場所。御畳瀬港の北端厳島神社に接して石油タンクがあります。それより北方200mの所に、小さい岬があり、その先端付近に海上に浮かんだ石が見えます。 高さ4m、周囲12m、根元周り15mの円錐形。 昔、鬼が袂に入れて持って来たという伝説の石です。また小さい石が次第に大きくなったという珍...

一心寺

一心寺(大阪府大阪市逢阪2丁目8-69)に「明治戊辰伏見之役 東軍戦死者招魂碑」があります。 「戊辰戦没会津藩士墓地」もあるのですが、碑があると知って、訪れた後に知ったため、会津藩士墓地にはまだお参りしていません。 近いうちに訪れられるといいなと思っています。 一心寺は四天王寺の西、天王寺公園の北にあります。 お寺の門はアート作品のような鉄筋で、大きな仁王様がおられます。 四天王寺(天王寺さん)と同じよ...

開成館 弐

開成館の遺構(高知県高知市城北1)が残っています。 県立小津高校に、開成館の玄関の一部と開成門が残っています。 坂本龍馬大事典より 高校内なので、お邪魔することはしませんでした。 特に、どうしても見たい!と思うものだったら、見せて頂けるか訊ねたかも知れませんが、そうでもなかったので…。 次の史跡に行く途中にあったので、前を通るのみにしました。高知 開成館自由民権運動...

開成館 壱

開成館跡(高知県高知市九反田 九反田公園)です。 「開成館址」と書かれた碑 「憲政記念館」板垣退助の功績を讃える為に造られた? 「憲政之祖国」の碑これも幕末以降の板垣退助関係でしょうか?自由民権運動関係?土佐藩主山内容堂は、参政吉田東洋の遺策を容れ、東洋の遠縁にあたる後藤象二郎に命じ、慶応2年2月に開成館を開設し、経営に当たらせました。 開成の名は易経に記された 「開物成務」-人知を開発し事業を成しと...

大善寺

大善寺(大阪府大阪市天王寺区生玉寺町)に行っていますが、新選組との関わりがわかりません。 大宝寺の向かいにあります。 「(新選組関係の資料に)名前が出ています。」 という記述しか(といっても、私自身が書いたのですが)見つけられませんでした。 私はどこでそれを読んで、書いたのでしょう? たぶん、おそらく、大宝寺が宿舎となった時に、大善寺も同様に宿舎になっていたという記述だったよような…。書いてある...

高知城

高知城(高知県高知市丸ノ内1丁目)。 高知は土佐二十四万四千石、山内氏の旧城下町です。     高知城です。 雨でやはり霞んでいます。 思っていたより小さかったです。 土佐藩・山内容堂という言葉に、強い印象を持っていたので、お城も巨大というイメージがありました。 よく目にするのが大阪城で、ローカルニュースでは姫路城もよく目にするので、これらのお城と同じ大きさをイメージしていました。 このお城に坂本龍馬...

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新選組と幕末だらけの本棚
実は二重になっているので、
後ろにも本棚が…。

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