2008年07月05日 (土) | 編集 |
寿徳寺境外墓地にある、新選組慰霊碑の向かって右側にある石が近藤勇の墓(東京都北区滝野川7−8−1)といわれています。

表面中央の梵字の下に「勇生院頭光放運居士」と勇の戒名が刻まれています。
その下に「近藤勇宜昌」(宜昌は昌宜の間違い)の俗名、右には「慶應四戊辰年四月二十五日」と命日が刻まれています。
昭和4年に墓地改修される以前に撮影された写真には、このお墓は写っていません。
いずれかの場所から移された物と考えられます。
新選組史跡辞典
当時は、石碑や墓石などは側面と裏面&その周辺も大事という事がわかっていませんでした。
今は禁止の場所で無ければ、裏に回って何か記載が無いか見てしまいます。
この時は、目に入ったので写真を撮っていました。
それが今になって、大事だったとわかり、「当時の私、ありがとう。」という感じです。
もともと石には銘が刻まれなく、後に刻まれたという事なので、近藤さんとは全く関係のない石が置かれていたのかもしれません。

表面中央の梵字の下に「勇生院頭光放運居士」と勇の戒名が刻まれています。
その下に「近藤勇宜昌」(宜昌は昌宜の間違い)の俗名、右には「慶應四戊辰年四月二十五日」と命日が刻まれています。
昭和4年に墓地改修される以前に撮影された写真には、このお墓は写っていません。
いずれかの場所から移された物と考えられます。
新選組史跡辞典
当時は、石碑や墓石などは側面と裏面&その周辺も大事という事がわかっていませんでした。
今は禁止の場所で無ければ、裏に回って何か記載が無いか見てしまいます。
この時は、目に入ったので写真を撮っていました。
それが今になって、大事だったとわかり、「当時の私、ありがとう。」という感じです。
もともと石には銘が刻まれなく、後に刻まれたという事なので、近藤さんとは全く関係のない石が置かれていたのかもしれません。
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