新選組&幕末 ばんざい!!

新選組を中心に歴史の舞台を巡ります

アーカイブモード [2008年02月 ] 記事一覧

中島三郎助父子最期の地碑

千代ヶ岡陣屋跡は現在の千代台町になりますが、、中島三郎助父子最期の地碑は中島町(函館市中島町33番地6のグリーンベルト)に建てられています。 中島父子は千代ヶ岡陣屋で亡くなったので、千代ヶ岡陣屋跡に碑が建つ方が正確なのかもしれません。実際は道路状況などで無理があるのでしょうね。 中島町というのは、中島三郎助の名前に由来します。 俳人でもあり、辞世の句は「ほととぎす われも血を吐く 思い哉」 墓は神奈川県...

千代ヶ岡陣屋跡

市電の谷地頭駅から電車に乗り、千代台駅まで降ります。(五稜郭は目の前です。) 駅から西に600mほど歩くと、千代台公園と中島小学校があります。この辺りが千代ヶ岡陣屋跡(函館市千代田台町・中島町付近)になります。 元は幕府に蝦夷の警護を命じられた津軽藩が築いたものです。 明治元年に旧幕府軍が箱館を占領すると、箱館奉行並および砲兵頭並に就任した旧幕臣中島三郎助が、この陣屋を預かりました。 5月11日、弁天台場...

立待岬

碧血碑から南東の方向に歩くことにしました。登って来た方向と逆方向です。地蔵山に迷い込まないように! 前が開けるとそこは、市営墓地です。 函館といえば私は「新選組」「土方歳三」ですが、普通の観光客の方は「石川啄木」でしょうか? この墓地には「啄木一族の墓」があります。 そしてここには多くの観光客の方がいました。 石川啄木は明治40年5月5日から9月13日まで函館に住んだそうです。その啄木と両親、夫人、3人の...

碧血碑

函館2日目は、すっきり快晴という事にはなりませんでしたが、まずまずの天気になりました。 雨がやんだだけでもよしとしないといけませんね。 2日目は「碧血碑」からまわる事になりました。 “すごい場所”にあるとは聞いています。いったいどんな場所なのでしょう。 市電に乗って、終点の谷地頭まで行きます。 「谷地頭」-読めませんでした。「やちがしら」と読みますが、もう忘れません。 時々印象的な地名や、読み...

土方歳三最期の地-一本木関門跡

いよいよ土方歳三最期の地です。 土方さんの最期の地については、諸説ありますが、まだ明確には判っていません。 その有力地の一つが、ここ一本木関門跡(函館市若松町333番)です。 「土方歳三最期之地」碑は昭和33年12月14日に若松町33番地の旧若松小学校の敷地内に建立されました。昭和45年8月27日には、若松町34番地と35番地の大通りのグリーンベルト上に碑は移転されました。そして若松小学校跡地に総合福祉センターが完成...

「土方歳三最期の地碑」の標識

函館市若松町の「土方歳三最期の地碑」に向かう途中にありました。 もうすぐ土方さんに会える! ますますドキドキしてきました。 どんな場所でしょう?(実際は最期の地は不明で、この地碑も移動しているはずです。) 楽しみです。...

ペリー会見所跡

歩いて函館を満喫する場合、南部藩士の墓から魚見坂を下り、市電との交差点を右折、市電沿いに歩きます。1㎞強でしょうか。 ペリー会見所跡(函館市弁天町15番付近)と書かれた木柱が見えてきます。   安政元年3月、幕府はペリーと日米和親条約を結び、下関・箱館の開港を決めた。 翌月ペリー艦隊は調査のため箱館に来航した。 この会見所跡の姿見坂の上には山之上遊郭があり、開港後には外国人向けの茶屋もできたそうです。こ...

南部藩士の墓地

風雨が激しくなって来たので、歩いてでは予定の場所を回りきれなくなってきました。 もったいないですが、ここは少し贅沢にタクシーを使うことにしました。 今度いつ来られるかわからないですから、行きたいところ上位は行っておかなければいけません。 時間でお願いするか、ずっとメーターを倒したままで回ってもらうか、どちらが安いか判らなかったですが、タクシーの運転手さんが丁寧に対応してくれました。 これで心置きなく回...

函館水天宮

市電沿いに、市役所の方向に向かいます。 写真発祥の地から1㎞の辺り、函館市役所の東側に函館水天宮(函館市東雲町13番付近)があります。 箱館当時の大砲が残されています。 “函館”ではなく“箱館”といわれれば行かねばなりません。 大砲発見! これが幕末維新当時に使われたのかと思うと、思わず触ってしまいます。 幕末当時の映像が脳に送られてきたら…(それはどう考えても超能力としかいえま...

北海道写真発祥の地碑

護国神社を出て、豊川地区に向かいました。 豊川地区は、函館の地形の一番細い部分の辺りになります。 函館山から、両側がウエストのように細くなっている風景をよくみますが、あの一部になります。 護国神社からなら、市電(チンチン電車)に乗るのもいいかもしれません。 当時は1日or2日乗り放題チケットがありました。 まだあれば、これはお薦めです。 北海道写真発祥の地碑(函館市豊川町)が豊川にあります。 東本願寺西...

函館護国神社

どうしても土方歳三自動販売機を先に見たくて、函館公園に行きましたが、その手前にあった護国神社(函館市青柳町9番)に戻ります。 護国神社の始まりは明治2年。 箱館戦争で、新政府軍側の戦没者の慰霊の為、招魂場を造営したことに始まる。 その後、招魂社となり、昭和14年護国神社となった。現在の社殿は昭和17年完成。 日清、日露戦争、第1次、第2次世界大戦の慰霊が祭られている外、様々な碑がある。          ...

土方歳三の血

函館護国神社に行く前に、ちょっと一息。 函館に行って、ど~~~しても買いたかったのが、「土方歳三の血」というワインでした。 函館の赤ワインの名前が「土方歳三の血」なのです。 私はこれを後ほど訪れる、五稜郭で買いました。 考えた人も凄い!と感心します。 赤ワインを「血」とネーミングする勇気に拍手です。 この一本は10年以上たった今でも、飲まずに大事にまだとってあります。 血というネーミングなのに、中の赤ワイ...

土方歳三自動販売機-函館公園

元町公園を出て、約300m南東方向に歩くと、綺麗な教会が右側に見えます。 函館ハリストス正教会(函館市元町)です。 ハリストスとはギリシャ正教でキリストのことだそうです。 安政5年にロシア領事、同時にロシアの国教であったハリストス正教会の司祭が着任しています。 明治5年ロシア領事館の廃止で、日本初の聖堂としてハリストス正教会となった。 明治40年火災で焼失し、大正5年、現在の建物が完成。 昭和58年国の重要文...

箱館奉行所跡

“どうしても見ておきたい史跡を優先する”が基本なので、いちど船見地区から離れます。 元町地区まで、歩きましょう。 山上大神宮の坂を下りて、善福寺手前の道を右折します。そのまま600mほど直進すると、元町公園に出ます。 ここが箱館奉行所跡(函館市元町12番の一帯)になります。 箱館戦争の時は、旧幕府軍の箱館奉行所が置かれた場所です。 明治元年12月、蝦夷を平定した旧幕府軍は、アメリカを真似て入札(投票...

山上大神宮

今まわってきた場所から少し移動します。 歩いて十分行ける距離です。少し戻るかたちになりますが、東本願寺船見支院の前を通り過ぎると、左折、坂を登ります。 急勾配の坂を上ったところに、上山大神宮(函館市船見町16)があります。 この神社は、坂本龍馬の従兄弟という沢辺琢磨(土佐藩士)が関係しています。 「神明社」と呼ばれて亀田からはじまったといわれるが、明治7年に山上大神宮と名前も改めています。 「懐中時計ネ...

外人墓地

高龍寺の斜め前、150mほど南の外人墓地に寄っていきました。 ペリー艦隊の水兵2人を葬ったのが始まりだというので、幕末に関係はあるのです。 日本という異国で亡くなって、祖国の地で眠れないという事はどういう心境だったのでしょうか? もし私が…と思うと、考えられません。 特別神様や仏様を信仰しているのでもなく、死後の世界感が…という事もない、典型的な現代日本人です。そんな私でも異国の地で葬られる...

高龍寺-傷心惨目の碑-

コースとしては、上手くまわれていませんが、称名寺の方に戻ります。 称名寺の西隣に高龍寺・箱館病院分院跡(函館市船見町21蕃11号)が建っています。 弁天町2の辺りにあったのが、明治12年に現在地に移転してきています。                           傷心惨目の碑 明治2年5月11日午後3時ごろ、新政府軍(津軽・松前藩兵)が箱館病院分院(高龍寺)に現れた。 入院していた傷病兵ら十数名を惨殺し、...

東本願寺船見支院・旧浄玄寺

称名寺、実行寺の隣が、東本願寺船見支院・旧浄玄寺(函館市船見町)です。 幕末の頃は、称名寺の隣にあったそうです。函館戦争終結後、旧幕軍兵士は称名寺、実行寺、浄玄寺に預けられ、本州に渡った。 元町にある日本最初のコンクリート寺院・東本願寺函館別院の墓地を管理するために立てられたそうです。この墓地には、五稜郭や弁天台場を設計した武田斐三郎の夫人などのお墓があるそうです。 じつはこのお寺の印象が全くありま...

実行寺

称名寺の東隣に実行寺(函館市船見町18番18号)があります。 地図を出して、探さなくてもOK! 旧場所では、称名寺の西隣にあったが、称名寺と同じ経緯を辿り現在の位置に(今は称名寺の東隣になっていますが)移転したそうです。                         手前が実行寺、奥(坂の下)が称名寺 箱館戦争終結後、旧幕府軍死者の遺体は政府軍の目を気にして、そのままになっていた。 俠客...

称名寺

弁天台場から次に訪れたのが、称名寺(函館市船見町18番14号)でした。 弁天台場から南西方向に500mほど歩くと、お寺が集まった場所にでます。 その一つが称名寺になります。  創建当時は、現在地より6㎞東の亀田村に建っていたが、宝永5年に今の弥生小学校の地に移り、明治12年に火災で焼け、現在地へ移ってきています。 しかもそのこの地でも火災に遭い、記録や過去帳は新しいものしか残っていないそうです。 東京日野市...

弁天台場

一度行って見たいのが、冬の函館です。 土方歳三も体験した、雪で白くなった冬の函館に行ってみたいです。 私が函館に行ったのは、今から10年近く前の事になります。 その時、私は飛行機で台風から変わった温帯低気圧と共に、初めての北海道に上陸しました。 2度目の飛行機が、客室乗務員も「安全の為、サービスは中止します」というほどの揺れで、怖かったのを覚えています。 現地で合流した新選組仲間と、歩きまわる予定でした...

函館から

これから新選組や幕末関係の有名な場所や、ちょっとマニアックな場所など、私が訪れた場所を紹介していきます。(新選組以外ににも、古代~現在までの歴史の舞台もちょくちょく出てくる予定。)新選組といえば、近藤勇や土方歳三の生まれ故郷の東京や、活躍した京都を思い浮かべる人が多いと思います。しかしここは敢えて、函館から書いていく予定です。...

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Author:kamaboko
新選組と幕末だらけの本棚
実は二重になっているので、
後ろにも本棚が…。

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