新選組&幕末 ばんざい!!

新選組を中心に歴史の舞台を巡ります

カテゴリーモード [奈良 聖徳太子 ] 記事一覧

談山神社

談山神社(奈良県桜井市多武峰319)での密談が無ければ、大化の改新はなかったかもしれません。    舒明天皇・皇極天皇の時代、蘇我蝦夷と入鹿親子の勢力は絶大で、国政をほしいままにしていました。 中臣鎌子(後の藤原鎌足)は、国家のあり方を考えていました。 たまたま飛鳥の法興寺(飛鳥寺)で蹴鞠会があった時、中大兄皇子(後の天智天皇)に会うことができ、645年5月、二人は多武峰に登り、「大化の改新」の談合を行いま...

太子道と業平道

太子道と業平道(奈良県生駒郡斑鳩町)についての説明板です。 こんな感じで道があったようです。(太子道一部)この道は推古天皇の頃、聖徳太子が斑鳩宮から飛鳥京へと通われたという道です。 奈良盆地の中央部を通り、ほぼ直線の斜行道路で道が斜めになっているところから、「筋違道」と呼ばれてきました。 太子は片道約20㎞の道のりを調子丸という舎人(従者)を従え、愛馬黒駒に乗り通ったといいます。 今もこの道筋には多く...

龍田神社

法隆寺と関係の深い、龍田神社(奈良県生駒郡斑鳩町龍田1丁目5-6)です。 十代崇神天皇の御代に年穀の凶作が続いた時、帝自ら卜占をもって占い、天神地祗を龍田山の聖地に祀られました。 聖徳太子が16才のとき、法隆寺建立のため橘から、平群川(現在の竜田川)の辺りに伽藍建設地を捜して来ました。 その時、太子は、椎坂山で白髪の老人に顕化した竜田大明神に会い、示してもらった地(斑鳩)を法隆寺建設地としました。 「ここ...

三井

日本では最古に属する井戸、三井(奈良県生駒郡斑鳩町三井)です。    もとは法輪寺の境内でした。 古代朝鮮の井戸の形式と同じとされます。 日本では最古に属する井戸で“赤染の井”といわれています。 寺の別号三井寺や地名の三井はこの井戸に由来しているといわれています。 厩戸王子が開いた三つの井戸のひとつです。 井戸は深さ4.24m、口径0.9mで、中ぶくれの筒状になっています。 構造は、底の方に4個の石を...

西福寺

西福寺(奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西1丁目1-18)に、調子麻呂の墓があるともいわれています。 法隆寺中院横の門から出て、西に100mいくと西福寺があります。 調子麻呂の墓があるともいわれている西福寺というのは、このお寺の事でしょうか? 西福寺という名前しかわからないので、法隆寺周辺で西福寺を探したのですが、このお寺しかわかりませんでした。 この付近に調子麻呂のお墓があったのかもしれません。 雰囲気を感じる...

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新選組と幕末だらけの本棚
実は二重になっているので、
後ろにも本棚が…。

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