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天然記念物“うつくし松” 菩提寺パーキングエリア(上り)

2014年06月22日
名神高速道路 菩提寺パーキングエリア[上り](滋賀県湖南市菩提寺)にある天然記念物“うつくし松”です。

菩提寺PA2
天然記念物“うつくし松”と信楽焼のたぬき

菩提寺PA1
    信楽焼のたぬき

立ち寄ったPAで、天然記念物の看板を見つけました。
何が天然記念物なのかな?
地面近くから、扇状に枝がたくさんでている。
んっ?
え~っと、普通の松は…、確かに1本の太い幹があって、上の方で枝がわかれてるか!
松林も、盆栽もそうですよね。
全然気付かなかったです。

私は松の前にたっている大きな信楽焼のたぬきの方が気になりました。
これだけ大きなタヌキを家の前に置いたら目立つだろうな。
でも、置くような家じゃないか。
いや、置くスペースがないわ(笑)


うつくし松
滋賀県湖南市(旧・甲西町)の南西にある美松山の南東斜面に、不思議な松が自生しています。
アカマツの変種で、一本の根から地表近くで放射線状に枝が分かれた、笠や扇のような珍しい樹形をしており、地元の人はいつからか「うつくし松」と呼ぶようになりました。
このような松は日本でもここだけで、国の天然記念物に指定されています。
独特の樹形の理由は、自生地の土質(砂が交じった赤粘土)のため、ともいわれていますが、定かではありません。
滋賀県HPより









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“桜田門外の変”の遺恨

2013年04月11日
平成25年4月10日の朝日新聞夕刊に目を引く記事がありました。
桜田門外の変の遺恨とでもいうのでしょうか。

平成 桜田門外の変069
平成25年4月10日付 朝日新聞夕刊

彦根の市長選に、桜田門外の加害者の子孫が立候補を表明したら、被害者井伊のお殿様の城下町は大騒ぎになりそうだというのです。
市民がどれだけ話題にしているかは書かれていないようです。

会津と長州の中の悪さは有名?ですが、それはたぶん現在の政治には絡んでいなくて、お互いに苦手意識があるってことだとおもうのですが、政治に絡んでくるとどうなのかな…。

彦根と言えば“井伊のお殿様”は彦根市民ではなくても、枕詞のように付いてきますね。
って、これは私が関西人で、まだ彦根が近いからでしょうかね?
歴史的に誰もが知っているような大事件の舞台であったり、それに関わった人物(加害者&被害者)には何十年、何百年経っても遺恨が残るものなのですね。

歴史って、その当事者では思いもよらないものを、後々残す事があるのですね。

忠臣蔵の赤穂と吉良家の間は、今はどうなっているのでしょう?








中山道 (ほんの少し)

2010年03月25日
先日、中山道を数百mだけ通りました。それも車で…なので写真がありません。
通ったのは、滋賀県蒲生郡安土町武生付近です。

地図1
赤い部分が今回通った“中山道”です。

国道8号が中山道ですが、この付近は一本住宅街に入った狭い道が本来の中山道だそうです。
中山道と記された道標もありました。
(この道標は新品でした)

本当に狭い道で、車が一台通るのがやっとという感じでした。
そういえば、昆陽宿を巡った時も、西国街道は狭い道でした。
近代~現代になり、車が主流となりアスファルト舗装されるようになるまでは、人間が歩くのが道ですから今ほど幅の広い道は必要なく、今から考えると細い道でも十分だったのかもしれないですね。
今の感覚で考えるとダメってことですね、きっと…。

今度は写真を撮らないと!!

【中山道】
中山道は、江戸時代の五街道の一つで、本州中部の内陸側を経由する路線です。
江戸の日本橋から草津宿まで。
草津宿で東海道に合流。
江戸から草津までは129里で、67箇所の宿場が置かれました。

(江戸・日本橋) - 板橋 - 蕨 - 浦和 - 大宮 - 上尾 - 桶川 - 鴻巣 - 熊谷 - 深谷 - 本庄 - 新町 - 倉賀野 - 高崎 - 板鼻 - 安中 - 松井田 - 坂本 - 軽井沢 - 沓掛 - 追分 - 小田井 - 岩村田 - 塩名田 - 八幡 - 望月 - 芦田 - 長久保 - 和田 - 下諏訪 - 塩尻 - 洗馬 - 本山 - 贄川 - 奈良井 - 藪原 - 宮ノ越 - 福島 - 上松 - 須原 - 野尻 - 三留野 - 妻籠 - 馬籠 - 落合 - 中津川 - 大井 - 大湫 - 細久手 - 御嶽 - 伏見 - 太田 - 鵜沼 - 加納 - 河渡 - 美江寺 - 赤坂 - 垂井 - 関ヶ原 - 今須 - 柏原 - 醒井 - 番場 - 鳥居本 - 高宮 - 愛知川 - 武佐 - 守山 - 草津 - 大津 - (京・三条大橋) (草津~京は東海道と重複)
Wikipediaより




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多賀大社

2009年08月27日
多賀大社(滋賀県犬上郡多賀町多賀604)です。
多賀大社3  多賀大社1
伊邪那岐命・伊邪那美命の2柱を祀り、古くから「お多賀さん」として親しまれてきました。

「お多賀杓子(お-たが-じゃくし)」と称し、お守りとして杓子を授ける慣わしがあります。
これは「お玉杓子」や「おたまじゃくし」の名の由来とされています。

和銅5年、編纂の『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」とあるのが、多賀神社のことです。
なお、『日本書紀』には、淡路島に「幽宮」を構えたとされています。

『古事記』以前の時代については、一帯を支配していた豪族・犬上君の祖神を祀っていたのではないかとの説があります。
犬上君(犬上氏)は、多賀社が属す多賀町を含む地域名「犬上郡」の名祖でもあり、第五回遣隋使・第一回遣唐大使で知られる犬上御田鍬を輩出している古来の豪族です。

藤原忠平らによって延長5年に編まれた『延喜式神名帳』では、当社は「近江国犬上郡 多何神社二座」と記載され、小社に列しています。
「二座」とあることから、この時代にはすでに伊邪那岐命・伊邪那美命2柱が祀られていました。

なお、境内社である日向神社は延喜式内社であり、瓊瓊杵尊を、同じ摂社の山田神社は猿田彦大神を祀ります。
多賀胡宮とも呼ばれ多賀社の別宮として信仰を集める胡宮神社は、伊邪那岐命・伊邪那美命・事勝国勝長狭の3柱を祀り、多賀社の南方2㎞にある小高い丘(神体山)に鎮座します。

「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」
「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」
との俗謡もありました。

天正16年には、日頃から多賀社への信仰篤かった豊臣秀吉が「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と母の延命を祈願し、それが成就したとして社殿改修を行うとともに大名に与えるに等しい1万石を寄進しました。
この秀吉との深い縁ゆえであろう、境内に正面にある石造りの太鼓橋は“太閤橋”の雅名でも呼ばれます。


<お多賀杓子>
元正天皇の養老年中、帝が得られた病の平癒を祈念して多賀社の神官らが強飯を炊き、シデの木で作った杓子を添えて献上したところ、帝が全快せられたということから、霊験あらたかな無病長寿の縁起物として信仰を集めるようになったと伝えられるものです。
元正天皇のころはまだ精米技術が未発達で、米の飯はアルファ化して粘り気を持つ今様の物とは違い、硬くパラパラとこぼれるような物であったらしく、それをすくい取るためにお多賀杓子はお玉の部分が大きく窪んでいました。
また、柄の部分は湾曲していたといいます。
現代のお多賀杓子はお玉の形をしていない物が多く、今様のアルファ化米に合わせて平板な物が大半となっているが、以前はそうではありませんでした。

帝の杓子の素となった木の枝は、これを地に差したところ根が生じ、やがて大木に育ったといい、多賀社より数㎞西にある「飯盛木」がそれであると伝えられます。
この飯盛木には、男飯盛木と女飯盛木の2本があります。


<多賀の糸切餅 >
門前町による名物の一つで、元寇の戦勝に謝し奉納した事に由来と伝わります。
あんこを中に包んで長く伸ばした餅の表面に赤青3本の線で蒙古の旗印を模し、弓の弦に見立てた糸でこれを切ります。
刃を用いず悪霊を断ち切り、安寧と長寿を祈念するもの。
Wikipediaより


JR東海道本線南彦根駅からだと、南東へまっすぐ約5㎞行きます。
近江鉄道多賀線多賀大社前駅からだと、目の前です。
JR東海道線彦根駅で、近江鉄道に乗り換えて多賀大社前まで行く方が楽かもしれません。

境内が広く、歴史を感じる社殿でした。
参拝に来られている人が少なくて、境内は静かでした。
平日だったかな?
結婚式の花嫁さんを見かけたので、休日だったような気もするのですが。

心を落ち着けるのには、とても清浄でいい場所だと思います。

鳥居の前のお店で、糸切餅の他に、赤いコンニャクを見ました。
近江名物だそうです。
どんな味でしょうか?
買わなかったので、味がわかりません。
味は普通のコンニャクと同じでしょうか?
今度見かけたら買って見たいと思います。



【近江特産】赤こんにゃく








赤備え ?武田と井伊と真田と?
2,940円

彦根城-井伊直弼像

2009年04月10日
彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1)に建つ井伊直弼像です。
井伊直弼像1  井伊直弼説明文
この銅像は、井伊直弼が最後の官職であった正四位左近衛中将の正装をうつしたのもです。
彦根市教育委員会HPより


井伊直弼です!
肖像画と似てます?!
でっぷりとしたところは似ていますよね。

幕末を語るには忘れてはいけない人ですね。

実際の井伊直弼はどんな人だったのでしょう。
中央の政治家としては敵が多くても、地元の領主としては好かれていたのでしょうか。

先日、甲子園に選抜高校野球を見に行きました。
私は1塁側の外野にいたのですが、彦根東高校の応援は凄かったです。
全員が真っ赤なジャンパーに帽子で、アルプス席5,000が埋まっていました。
彦根東高校は、彦根城内にあるそうです。
やはり地元では、“井伊”は誇りなのですね。
残念ながら、9回サヨナラで負けてしまいました。
でも、あの真っ赤なアルプス席は忘れられません。
ひこにゃんの応援があれば、嬉しかったのに(笑)

井伊直弼も、“井伊の赤揃え”“赤鬼”が現在まで受け継がれていて、嬉しく思っているかもしれまえんね。


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