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龍馬脱藩マラソン大会

2011年08月23日
坂本龍馬が土佐藩を脱藩する際に通ったとされるルートを走る「第1回龍馬脱藩マラソン大会」が10月9日、高知県檮原町で開かれそうです。

峠道を含む高低差約550mの難コース。

大会は、住民や町などでつくる実行委が企画。
フルマラソンのほかハーフ、10㎞部門があり、いずれも同町役場前をスタート、ゴールだそうです。

コースは、脱藩の道を中心に、四万十川支流沿いを通る道路や山道などを設定。
フルマラソンでは、沢にかかる丸太橋を渡ったり、愛媛県境の韮ヶ峠(標高約960m)を折り返す際には1歩だけ同県側に越えて“脱藩”してもらったりする趣向で、土佐の国を後にする龍馬の気分も体感できる。


脱藩の道のマラソン-いいなぁ~。
でも、私にはぜ~~~っ対、無理!
持久力がないです。

小中学校のマラソン大会、いつもビリでした。

走るのは無理でも、歩いてはみたいのです。
なかなかそれも難しいですが、老後にでもチョビチョビと歩いてみたい。

折り返しで一歩だけ“脱藩”するなんて、ちょっと粋な計らいですよね。

参加された方、また乾燥・情報など教えて下さい。

新選組だと、江戸に敗走後の箱館までの道をマラソンかな?
歩くのももっと難しそうです。








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龍馬と雪 維新の門群像-新聞記事

2010年01月14日
寒波のため、全国的に雪がふりました。
九州では全県で雪が積もったそうですが、龍馬脱藩のゆかりの地、梼原村でも雪が積もったという話が朝日新聞に載っていました。

雪の梼原村 維新の門群像(高知県高岡郡梼原町川西路)
龍馬と雪017
2010年1月14日 朝日新聞

南国高知は温かい印象ですが、雪が降るという話は聞いていました。
私が初めて高知市に行った時も、数日前は大雪だったとタクシーの運転手さんが話してくれました。

龍馬は土佐でも京都でも、雪を見たのでしょうね。



維新の門1   維新の道4
            雪がない時の維新の門群像

※2008年7月30日を参照してください。



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六志士の墓

2008年08月04日
梼原町での最後は、六志士の墓(高知県高岡郡梼原町)です。
六志士の墓5

六志士の墓2  六志士の墓3

六志士の墓1  六志士の墓4

梼原町の滞在時間は3時間弱しかありませんでした。
松山から土佐山田町に行く時に、梼原町経由で行くと私が言い張ったのです。
それで梼原町での史跡巡り、3時間弱を強引に貰いました。
梼原町ではまだ、大越峠や宮野々関所跡など見たい所があったのですが、やはり時間的な事を考えて、今回は町役場周辺だけにとどめました。
東津野村の吉村虎太郎生家も見ごたえがありそうです。

本当に数時間でしたが、梼原町の雰囲気は満喫できました。
すごく良い町でした。
愛媛から梼原町に入った辺り(数軒の家しかない辺り)で、車の中の私達に会釈してくれたおばあさんが忘れられません。
忘れられた日本の心に触れたようで、ポッと気持ちが暖かくなりました。
東京や大阪では考えられないですよね?

六志士の説明板を見ていただくと、那須俊平と中平龍之助は会津藩兵と戦った事がわかります。
新選組と会津藩兵は、遠からず縁があるので、この史跡も末端の方では新選組関係といえるのかもしれません。

旧掛橋和泉邸

2008年08月03日
旧掛橋和泉邸(高知県高岡郡梼原町梼原)です。
旧掛橋和泉邸2?

写真を撮って、その横に立つ説明文も写真に撮っていました。
それが下の写真です。
旧掛橋和泉邸
吉村虎太郎庄屋屋敷跡1   吉村虎太郎庄屋屋敷跡3
帰宅後写真を整理していて、どの説明が正しいものなのかわからなくなっていました。
1枚のお屋敷の写真に、説明などの写真が3枚…。
屋敷の写真で取り損ねたものはないはずなのに…。

今回、これを書くにあたって、じっくりと調べて解決しました。

この敷地は津野郷の大庄屋屋敷があった場所で、吉村虎太郎も、津野山騒動の中平善之丞もここに住みました。
この建物は近くにあった、掛橋和泉邸を移築しています。
町役場もかつてはここに建っていました。
『街道をゆく』HPより

そうだったのですか、この建物自体は掛橋和泉邸であり、この地には吉村虎太郎も住んだことがあるけれども、この建物ではないという事ですね。
やっと判りました!


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(2005/01/18)
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那須俊平・信吾招魂碑

2008年08月02日
那須邸跡から道に戻ったすぐの所に、那須俊平・信吾招魂碑(高知県高岡郡梼原町)があります。
那須親子墓1
邸宅跡のすぐ上にあります。

招魂とは、「死者の霊をまねいて祭ったり鎮めたりすること。」と辞書にあります。
その碑ですから、お墓ではありません。

記念碑に近いものでしょうか。
そう考えると、招魂碑も気にはなりますが、龍馬が泊まったという邸宅跡の方が興味津々となってしまいました。
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