スポンサーサイト

--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

坂本龍馬とお龍 出会いの地 東山・住居跡に石碑建立

2010年05月27日
-ここが坂本龍馬と妻のお龍の出会いの地-

龍馬ら土佐出身の志士らが暮らし、お龍の母と妹が賄いをしていた住居跡を紹介する石碑が、京都市東山区の三十三間堂南大門近くに建立されました。

建てたのはNPO法人京都歴史地理同考会。
石碑を建立することで京都の旧跡を知ってもらおうと、2008年から活動しており今回で5基目。

石碑の横には、歴史地理研究者の中村武生さん監修の解説板もあり、元治元年の池田屋事件の際、京都守護職などの役人がこの住居に踏み込んだエピソードも紹介しています。
京都新聞ニュースより


三十三間堂南大門近くというだけで、まだどこに建てられたのかは見ていないのです。
もう少し早く建てられていたら…。
建っていたのかもしれませんが、建っていたのなら知ることができていれば、GWに京都国立博物館に行った時に探しに行けたのに。
博物館の目の前が三十三間堂ですからね、ちょっと寄り道でいけたのにね。

また次の機会に探してみたいと思います。



『日経お取り寄せ寿司ランキング2位! はも箱ずしも選べる!』京都かぐら寿し・”選べる”夏の...


旅行の大バーゲン!格安旅行満載の阪急交通社
スポンサーサイト

武信稲荷神社

2010年02月24日
武信稲荷神社(京都府京都市中京区今新在家西町38)は、龍馬とお龍が待ち合わせをした場所だそうです。

龍馬とお龍が待ち合わせをしましたが、会えませんでした。
そこでお龍は境内にある榎の大木に、“龍”(ひらがなで“りゅう” それとも“龍の絵”?)と彫り、無事を知らせ、会う事ができたそうです。
木の成長と共に彫った字は消えてしまったそうです。


その為、今縁結びの神社として人気があるそうです。
と、今、テレビで紹介していました。

JR山陰本線二条駅から二条通の二条駅東口交差点を南へ曲がります。
千本三条交差点から三条通(東方向・商店街)に入ります。
この千本三条交差点は五差路になっているので、気をつけて下さい。
4つ目の角(呉服屋さんの角)を南に曲がると、70~80mで武信稲荷神社に着きます。

私は知らなかったので、京都なのに行ってません(涙)
すぐそこ、目の前は六角獄舎跡なのに…。
何度も前を通っているはずです。
残念。

調べるとまだまだ京都にも取り残した史跡がありそうです。
遠出が出来ない間は、取り残しを調べて廻ってみます!



保温・保冷効果抜群のタンブラーに龍馬とお龍さんのイラストをいれました。龍馬とお龍さんタン...





龍さんとおりょうのはじめての新婚の旅 芋焼酎
1866年坂本龍馬がお龍を伴い訪れたのが、霧島の塩浸温泉といわれています。88日間にわたる二人だけの幸せな旅は、後に日本おける最初の新婚旅行といわれています。
2,500円

近江屋跡の現状

2010年01月13日
坂本龍馬と中岡慎太郎が襲撃された近江屋跡(京都市中京区河原町通蛸薬師下ル塩屋町)が今はコンビニのサークルKになっています。
少し前までは、旅行会社の京阪交通社だったのですが、いつのまにかコンビニになっているのをテレビで知りました。

そのコンビニでは“近江屋跡限定商品”があるそうです。
もちろん龍馬のグッズです。

京都に行かれた方は是非覗いてみては?

近江屋1  近江屋2
コンビニになる前の近江屋跡(京阪交通社でした)



高知・長崎・京都龍馬が活躍した場所の蔵元さんが「龍馬伝」を記念して造った焼酎セットです特...





維新の志士?時代を変えた男たち? 坂本龍馬(大小セット) NEU-029(bg7415)
激動の幕末を生きた維新の志士の名刀コレクション!
26,250円

おりょう座像&2009年秋季特別展-霊山歴史館

2009年10月15日
霊山歴史館(京都府京都市東山区清閑寺霊山町)に、坂本龍馬の妻 おりょうの座像が出来たそうです。

お龍像475
日本経済新聞 2009年10月15日

この像は21日から公開されるそうです。

おりょうの像までいりますか?
(おりょうさんが嫌いとかいう意味ではありません。)
それが率直な感想です。
確かに龍馬の歴史の中では、“寺田屋の裸体階段駆け上がり”や“新婚旅行”などエピソードはたくさんあります。
しかし、歴史館に像を造るというのはどうでしょう?

もちろん坂本龍馬の歴史館&記念館ならOKです。
霊山歴史館といえば、幕末維新や明治全般の専門的な歴史館ですからね…。

来年の大河ドラマにあわせての事でしょうが、ちょっと………。
でも歴史館に行ったらきっと見るはずですが…。

秋の特別展は10月21日から11月23日まで、“龍馬たちの挑戦”です。
2009秋季特別展476






土佐和牛『龍馬鍋』400gすき焼き・しゃぶしゃぶ用





【嵯峨野めぐり】2連泊朝食付プラン(ツイン)
7,500円

坂本龍馬避難の材木小屋

2009年03月01日
坂本龍馬避難の材木小屋(京都府京都市伏見区大手筋村上町)付近です。
龍馬避難の材木置場1   龍馬避難の材木置場2
慶応2年正月21日、坂本龍馬の努力で薩長同盟が成り、23日夜、寺田屋に戻った龍馬は、三吉慎蔵に成果を告げともに喜んでいました。
同夜半寺田屋は伏見奉行所の捕り方に包囲されました。
入浴中のお龍の知らせで、龍馬と慎蔵は応戦し、龍馬の短銃にひるむ捕り方の隙をみて、二人は裏手より脱出し、濠川端の材木小屋にかくれました。
三吉の急報を受け、薩藩伏見邸から大山彦八が船に藩旗を立てて出迎えに来ました。
写真でみる維新の京都より


京阪電鉄伏見桃山駅や近畿日本鉄道桃山御陵前駅から、大手筋を西へ歩きます。
まっすぐに約700m。
もしくは、京阪電鉄中書島駅から、寺田屋横を通り北へ歩き、竹田街道大手筋交差点を西へ曲がります。
こちらの方が、電車の便はいいかもしれません。
紀州藩邸跡の月桂冠の道を挟んで向かいあたり、北川本家という酒造会社付近です。

今は材木という言葉さえも浮かばないほどの変わりようです。
旧写真で材木小屋と、2人が隠れた2階の写真をみました。
わりと大きくてな建物に見えます。
中は階段がありますが、何もなくガラ~ンとしています。
木材を積むためのスペースだとは思いますが、木材がなければ身を隠す場所がありあません。
龍馬でも隠れている間は、心臓がバクバクするものでしょうか。
私なら余りの緊張で、失神していると思います。

寺田屋からこの付近まで、川沿い(当時と川の形状がほぼ同じとして)に約400mです。
何もなく、普通に走れば1~2分でしょう。
しかし敵から逃れながらなら、そうそう早くここまで来られたとも思えません。
龍馬が走り、隠れる姿ってどんなでしょう。
あまり想像できません。
でも、龍馬は形にとらわれない、何をするかわからない人というイメージを持っているので、そういう姿もありかなと思います。


坂本龍馬 プリントボール坂本龍馬 プリントボール
()
不明

商品詳細を見る


坂本龍馬 プリントマーカー坂本龍馬 プリントマーカー
()
不明

商品詳細を見る
 | HOME | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。