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近藤道場撥雲館

2008年05月10日
近藤勇生家跡の道を挟んだ向かい側に、近藤道場撥雲館(東京都調布市野水)があります。

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勇の実父宮川久次郎が始めた天然理心流道場です。
当時はここも宮川家の敷地内でした。
近藤周助も出稽古に来ると撥雲館にも立ち寄りました。
近藤勇の一人娘瓊子と結婚して天然理心流五代目を継いだ近藤勇五郎が引き継ぎました。
撥雲館の命名は旧幕臣山岡鉄舟によると言われています。

近藤勇生家を見ていて、振り向くと「近藤道場撥雲館」が目に飛び込んできました。
生家だけだと思っていたので、その文字にはビックリしました。

広大な敷地があったので、道を挟んだ向かい側が所有地だったとしてもおかしくはないのですよね。


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(2003/11/29)
山村 竜也

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近藤勇生家跡

2008年05月09日
龍源寺から200mほど離れた調布市に、近藤勇生家跡(東京都調布市野水1-6)があります。
isamiseika1529.jpg  isamiseika3531.jpg
昭和18年に、調布飛行場建設の為に、軍部の命により屋敷は解体されたそうです。
なので今は、草木が生い茂り、“産湯の井戸”が残っているだけでした。
残念でなりません。

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  産湯の井戸

訪れた時が、快晴で爽やかな天気だったからでしょうか、とても清々しい場所という印象が残っています。
京都で恐れられた「近藤勇」が生まれた場所とは思えないような、澄み切った場所でした。
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人見街道と小金井道の岐路に位置していたそうです。
屋敷の広さ7,000㎡(約2,120坪)、母屋は2、3階が蚕室となっていたそうです。
母屋の他に、蔵座敷、文庫蔵などの建物があり、庭内南側中門をくぐると、築山、さらに西方の裏門を出て竹林でした。屋敷の周囲には、欅、樫の大樹が植えられて、夏は街道を行く人の涼になっていたそうです。
新選組大事典より

この記事をみると、すごい家だったのですね!!
想像もつきません。
屋敷の解体命令がなければ、当時の姿のお屋敷が見られたかもしれないのですね。
昭和18年…、ほんの少し前の事なのです。


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